大判例

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東京高等裁判所 平成10年(行ケ)164号 判決 1999年12月02日

イタリア国 コルロ・ディ・フォルミジネ(モデナ)、

、ピア・パチノッチ 3

原告

オポクリン・ソシエタ・ペル・アチオニ

代表者

ジオルジオ・ジウスティ

訴訟代理人弁護士

久保田穰

増井和夫

橋口尚幸

静岡県清水市宮加三235番地

原告補助参加人(以下「補助参加人」という。)

清水製薬株式会社

代表者代表取締役

鈴木通弘

訴訟代理人弁護士

竹内澄夫

得丸大輔

弁理士 宮越典明同 加藤公清

堀明彦

浅井八寿夫

スウエーデン国 ストックホルム エスイー-112 87

被告

ファルマシア アンドアツプジョン エイビー

(審決時の表示

ファルマシア エイビー)

代表者

アグネタ タナーフエルト

訴訟代理人弁理士

青木高

主文

特許庁が平成7年審判第1725号事件について平成10年3月17日にした審決を取り消す。

訴訟費用及び参加により生じた費用は被告の負担とする。

この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。

事実

第1  請求

主文第1項と同旨の判決

第2  前提となる事実(当事者間に争いのない事実)

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「ヘパリン様活性をもつオリゴーヘテロポリサシカライド類」とする特許第1424780号発明(昭和53年8月9日出願(パリ条約による優先権主張日1977年(昭和52年)8月9日)、平成7年2月14日設定登録。以下「本件特許」といい、その発明を「本件特許発明」という。)の特許権者である。

原告は、平成7年1月18日、本件特許を無効とすることにっき審判を請求した。

特許庁は、この請求を平成7年審判第1725号事件として審理し、被告は、平成9年6月10日本件明細書の訂正請求をしたが(以下「本件訂正」という。)、特許庁は、平成10年3月17目、「訂]正を認める。本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年4月22日原告に送達された。

2  本件特許発明の特許請求の範囲の記載

(1)  本件訂正後

ア 本件訂正後の特許請求の範囲第1項の記載(以下、この発明を「本件第1特許発明」という。)

次の物理化学的性質

<1>-2600~5500ドルトンの平均分子量[ソモギー(Somogy)法を用い商用ヘパリンと比較して決定]

<2>-加水分解後のヘキソスアミン(p-ジメチルアミノベンズアルデヒドとの反応):28%±2%

<3>-加水分解後のウロン酸(カルバゾールとの反応):31%±4%

<4>-加水分解後の有機SO4--(ナフタルソンを用いる滴定):30%±4%

<5>-ウロン酸/ヘキソスアミン/-SO4--のモル比=1/1/2[D20の表示?]<6>-水溶液の比旋光度[α]D20=+40°~+50°

<7>-酢酸セルロースについての電気泳動[ピリジン/酢酸/水(1/10/229)、pH3.5およびトルイジンブルーを用いる現象]=陽極移動度U=2.1・10-4cm2v-1sec-1を有する単一帯

<8>-象げ色の非晶質のやや吸湿性の粉末

<9>-透明もしくはやや乳白色の水溶液

<10>-5%水溶液のpH:7~8

<11>-生成物の2%溶液1mlを1mlの0.0025%のトルイジンブルー溶液に加え、0.1mの1N塩酸で酸性にするメタクロム確認反応によって青から赤味青の色を呈する、

<12>を有する、活性基、とくには硫酸基、がヘパリンに特有の量及び位置で含有されてなるオリゴヘテロポリサッカライド。

(ただし、<1>ないし<12>は、本判決における説示の便宜のため付されたものである。以下、同じ。)

イ 本件訂正後の特許請求の範囲第4項の記載(以下、この発明を「本件第2特許発明」という。)

次の物理化学的性質

<1>ないし<11>は上記アに同じ。

<12>を有する、活性基、とくには硫酸基、がヘパリンに特有の量及び位置で含有されてなるオリゴヘテロポリサッカライドが分子量2000~5000であるヘパリンオリゴマーおよび低分子量のヘパリンフラクションの中から選ばれた出発物質を窒素含有塩基のスルホトリオキシドの等重量でアルカリ性環境において処理し、反応生成物を水混和性溶媒で沈殿させ、そして精製することにより得られることを特徴とするオリゴヘテロポリサッカライドの製造法。

ウ 本件訂正後の特許請求の範囲第8項の記載(以下、この発明を「本件第3特許発明」という。)

活性成分として、

次の物理化学的性質

<1>ないし<11>は上記アに同じ。

<12>を有する、活性基、とくには硫酸基、がヘパリンに特有の量及び位置で含有されてなるオリゴヘテロポリサッカライドを含有することを特徴とする血栓症予防剤。

(2)  本件訂正前の特許請求の範囲第1項、第4項及び第8項の記載

上記(1)アないしウ<7>中のpH3.5をpH4.5とするほかは、上記(1)に同じ。

3  審決の理由

審決の理由は、別紙審決書の理由写し(以下「審決書」という。)に記載のとおりであり、審決は、

(1)  本件訂正にっき、いずれも誤記の訂正に該当し、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもなく、また、願書に最初に添付された明細書に記載されていた範囲内のものであり、

(2)  独立特許要件についても、

ア (訂正後の)本件第1ないし第3特許発明は、審判甲第2号証、審判甲第4号証又は審判甲第13号証に記載された発明と同一ではなく、特許法29条1項3号に違反して特許されたものではなく、

イ 本件第1特許発明及び第3特許発明は、審判甲第4ないし第7号証に記載された発明に基づいて、本件第2特許発明は、審判甲第4ないし第8号証に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものとは認められないから、特許法29条2項に違反してされたものではなく、

ウ 請求人(原告)の主張する

(ア) 「活性基、とくには硫酸基、がヘパリンに特有の量及び位置で含有されてなるオリゴヘテロポリサッカライド」なる文言が不明確であり、この記載と「ウロン酸/ヘキソスアミン/-SO4--のモル比=1/1/2」との間に矛盾がある、

(イ) 本件特許明細書の実施例1及び2に記載された出発物質の入手方法が記載されていない、

(ウ) 物性の特定方法が記載されていない、

(エ) 薬理データの記載が不十分である

との点につき、明細書の記載に不備はなく、

したがって、(訂正後の)本件第1ないし第3特許発明は独立して特許を受けることができるものであるから、本件訂正は認められると判断した上、

(3)  特許無効の主張について、上記(2)のとおり判断して、請求人(原告)の主張する理由及び証拠によっては、本件特許を無効とすることはできないと判断した。

(ただし、審決書53頁5行の「第2特許発明」は「第3特許発明」の、同7行の「第3特許発明」は「第2特許発明」の、それぞれ誤記である。)

第3  審決の取消事由

1  原告及び補助参加人の審決の認否

(1)  審決の理由Ⅰ(手続の経緯。審決書2頁3行ないし11行)は認める。

(2)  同Ⅱ(訂正の適否についての判断)中、1(訂正の内容。審決書2頁14行ないし3頁4行)は認める。

2-1(訂正事項<1>について。審決書3頁7行ないし6頁10行)のうち、審決書3頁7行から8行「記載されているが、」まで、3頁11行から4頁1行「記載されている」まで、4頁9行から5頁7行「15~17行」までは認め、その余は争う。

2-2(訂正事項<2>について。審決書6頁12行ないし9頁6行)のうち、審決書6頁12行から7頁8行「る。」まで、8頁3行ないし12行は認め、その余は争う。

2-3(独立特許要件について)中、2-3(1) (特許法第29条第1項第3号について。審決書9頁9行ないし32頁2行)のうち、(a)(訂正後の本件特許発明の要旨。審決書9頁10行ないし14頁6行)、(b)(刊行物の記載。審決書14頁8行ないし17頁3行)は認める。

(c)(対比・判断)中、ア(訂正後の第1特許発明について。審決書17頁6行ないし28頁15行)のうち、審決書17頁6行から18頁末行「いる。」まで、19頁5行ないし23頁8行、25頁14行ないし26頁13行、28頁3行「訂正後の第1特許発明」から8行までは認め、その余は争う。

(c)イ(訂正後の第2特許発明について。審決書28頁末行ないし31頁13行)は認める。

(c)ウ(訂正後の第3特許発明について。審決書31頁15行ないし32頁2行)は争う。

2-3(独立特許要件について)中、2-3(2) (特許法第29条第2項について。審決書32頁4行ないし43頁15行)のうち、(a)(訂正後の本件特許発明の要旨。審決書32頁5行ないし8行)、(b)(刊行物の記載。審決書32頁10行ないし36頁末行)は認める。

(c)(対比・判断)中、ア(訂正後の第1特許発明について。審決書37頁3行ないし40頁11行)のうち、審決書37頁3行から6行「一致しているが、」まで、37頁10行から15行「であったが、」まで、37頁16行「経口」から末行まで、38頁2行「抗凝」から4行まで、38頁14行から39頁9行「載されているが、」までは認め、その余は争う。

(c)イ(訂正後の第2特許発明について。審決書40頁13行ないし41頁末行)は認める。

(c)ウ(訂正後の第3特許発明について。審決書42頁2行ないし43頁15行)は争う。

2-3(独立特許要件について)中、2-3(3) (特許法第36条第3項及び第4項について。審決書43頁末行ないし52頁6行)のうち、(a)(請求人の主張。審決書43頁末行ないし45頁13行)は認める。

(b)(判断)中、ア(<1>について。審決書45頁16行ないし48頁4行)のうち、審決書45頁16行から46頁4行「記載されているが、」まで、46頁9行「甲第5号証」から17行「記載されていることから、」まで、47頁3行から8行「主張しているが、」までは認め、その余は争う。

(b)イ(<2>について。審決書48頁6行ないし49頁11行)のうち、48頁6行ないし49頁2行は認め、その余は争う。

(b)ウ(<3>について。審決書49頁13行ないし50頁末行)のうち、50頁1行ないし12行は認め、その余は争う。

(b)エ(<4>について。審決書51頁2行ないし52頁2行)のうち、51頁2行から17行「されている」までは認め、その余は争う。

2-3(4)(むすび。審決書52頁4行ないし6行)は争う。

2-4(むすび。審決書52頁8行ないし12行)は争う。

(3)  同Ⅲ(特許無効の請求の理由についての判断)のうち、1(請求人の主張の概要。審決書52頁15行ないし53頁15行)は認める。

2(判断)のうち、2-1(本件特許発明の要旨。審決書53頁18行ないし54頁1行)は認め、2-2(請求人の主張に対する判断。審決書54頁3行ないし15行)は争う。

(4)  同Ⅳ(むすび。審決書54頁17行ないし55頁1行)は争う。

2  原告及び補助参加人主張の審決取消事由

審決は、訂正の適否の判断のうち、訂正の目的及び特許請求の範囲の実質的変更の点の判断を誤り(取消事由1)、独立特許要件の判断のうち、本件第1特許発明及び本件第3特許発明についての新規性、進歩性の判断を誤り(取消事由2)、独立特許要件判断のうち、特許法36条3項、4項違反についての判断を誤った(取消事由3)ものであるから、違法なものとして取り消されるべきである(ただし、補助参加人は、以下に記載の記載事由のうち、取消事由1(訂正の目的及び特許請求の範囲の実質的変更の点についての判断の誤り)及び取消事由3ア(オ)(電気泳動)のみを主張したものである。)。

(1)  取消事由1(訂正の目的及び特許請求の範囲の実質的変更の点についての判断の誤り)

ア 訂正事項<1>(pH4.5の点)

審決は、訂正事項<1>は明らかな誤記であり、実質上特許請求の範囲を変更するものではない旨判断するが(審決書4頁6行ないし8行)、誤りである。

(ア) 本件において、「pH4.5」という記載は、訂正前の明細書(甲第2号証)に一貫して用いられ、それ自体の意味は極めて明瞭である。

しかも、ピリジン:酢酸:水を1:1.2:229もしくは7:10:229とすれば、pH4.5となる。ピリジンは塩基性化合物であり、酢酸は酸性化合物であるから、両者のモル比を変えれば、pHが変化することは当業者に明らかである。訂正前の明細書に記載のモル比により溶媒を調整してpH値を測定した当業者は、pH値が訂正前の明細書の記載と異なることを見いだした場合、当業者は、モル比の記載を疑って適宜変更し、容易にpH4.5に相当するモル比を見いだし得るはずである。したがって、少なくとも、発明者がモル比の記載を間違えた可能性は、pHの記載を間違えた可能性と同程度に存在するものである。

(イ) そして、溶媒のpH値が変れば、電気泳動の結果は明らかに変動することとなり(甲第13号証)、本件特許請求の範囲に記載された低分子量ヘパリンの物性が変化することとなるから、訂正事項<1>の訂正により、特許請求の範囲が実質的に変更されることとなる。

イ 訂正事項<2>(USP≧50の点)

審決は、訂正事項<2>は明らかな誤記の訂正を目的としたものである旨判断するが(審決書7頁末行ないし8頁2行)、誤りである。

(ア) 訂正前の明細書の記載は、一貫してUSP≧50であった。そして、当該記載の意味は、それ自体極めて明瞭である。

(イ) 審決は、実施例のUSP値は17であるから、一般的説明のUSP≧50は明らかに誤記であるという。しかし、実施例の記載が誤記でないという根拠はどこにもない。1つの明細書中に矛盾する記載が存在する場合、いずれが誤記であるかは、容易に判断し得る問題ではない。

(ウ) 低分子量ヘパリンのUSPは50より小さい場合も大きい場合もあり得るが、高分子量ヘパリンを解重合して低分子化した場合には、分子量分布が比較的大きいために、抗凝固活性であるUSPは50より大きい数値となる可能性が高い。

本件特許発明の発明者であるフッシが本件特許出願後に発表した論文である甲第17号証によれば、発明者が得た低分子量ヘパリンのUSP値は100であった。

発明者は、優先権主張の基礎となるイタリア出願においては、15-50U/mgと記載していた(甲第18号証3頁)。この時点では、発明者はおそらく甲第3号証等の公知技術から低分子量ヘパリンの抗凝固活性は15-50U/mgであると考えていたのであろう。しかし、自ら実験をするに至り、甲第17号証のように坑凝固活性が高い場合もあることを見いだし、本件特許出願(日本出願)ではUSP≧50と書換えた可能性を否定することができないものである。

(2)  取消事由2(独立特許要件の新規性、進歩性についての判断の誤り)

審決は、本件第1特許発明及び第3特許発明は、甲第4号証(審判甲第4号証)又は甲第5号証(審判甲第13号証)に記載されたものとはいえず(審決書28頁13行ないし15行、31頁18行ないし32頁2行)、甲第4、第25、第26及び第3号証(審判甲第4ないし第7号証)に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない旨(審決書40頁9行ないし11行、43頁13行ないし15行)判断するが、誤りである。

ア 甲第3ないし第5号証

(ア) 甲第3号証(審判甲第7号証)は、市販のヘパリンをクロマトグラフィーを使用して、分子量の異なる幾つかの画分に分け、そして、分子量とヘパリンの抗凝固活性(APTT)と抗Xa活性を測定したところ、第2図に記載されているように、抗凝固活性は分子量の低下とともに顕著に低下していくが、抗Xa活性は分子量が低下しても低下しなかったことを示し、低分子ヘパリンの薬理活性を開示している。

(イ) 低分子量ヘパリンの薬理活性は、甲第4号証(審判甲第4号証)によっても公知であった。

甲第4号証は、従来注射剤として抗凝固活性を有していた分子量15000のヘパリンを加水分解することにより、分子量5300の経口投与において活性な抗凝固剤を得たという発明である(1欄41行ないし46行)。上記の抗凝固剤とは、血管内の血液凝固防止、すなわち血栓予防剤を意味している(1欄16行以下)。

甲第4号証の実施例1には、通常のヘパリンを酵素で解重合して得た分子量5300の低分子量ヘパリンが具体的に記載されている。抗凝固活性であるUSP値は、通常のヘパリンが160であるのに対し、70に低下していた。抗凝固活性が元の値の約40%に低下していることから、5000程度の分子量に相当していることが確認される。

甲第4号証の低分子量ヘパリンは、経口投与することが最も有益であるが、血管注射あるいは筋肉注射で投与してもよいと記載されている(2欄63行ないし71行)。

(ウ) また、甲第4号証の発明者(ラスカー)による低分子量ヘパリンの構造の研究報告(甲第5号証一審判甲第13号証)も公知であった。この甲第5号証は、低分子量ヘパリンの物性値を甲第4号証よりも詳しく記載しており、特にNMRスペクトルにおいて、通常のヘパリンとほとんど区別し難い低分子量ヘパリンが開示されている。

(エ) 以上のとおり、甲第3、第4号証によれば、薬理活性を有する分子量5500以下の低分子量へパリンは公知であった。

(オ) 本件第1特許発明及び第3特許発明は、構成要件<1>のとおり、分子量5500以下の低分子量ヘパリンを対象としているが、その特徴は、血栓症の治療剤として有用であること、通常のヘパリンよりも好適な「抗Xa活性対抗凝固活性」を有すること、経口投与によって活性であること、の3点に要約される。

しかし、上記のように、甲第4号証には、低分子量ヘパリンが経口投与で活性な血栓症治療剤であることは明記されていた。また、通常のヘパリンと異なり、低分子量ヘパリンが相対的に抗Xa活性が高いことは、甲第3号証に明記されていた。

そして、前記のとおり、甲第3号証も甲第4号証も、通常のヘパリンと同一の構造を有し分子量が小さいだけの低分子量ヘパリンを記載していたものである。

イ 審決の判断及び被告の主張に対する反論

(ア) 審決は、甲第3号証(審判甲第7号証)に対して、「抗Xa/APTT」が記載されているが、グラフ上その値が記載されているだけで、該比の血栓症の予防に対する意義については記載されていない旨認定する(審決書38頁19行ないし39頁11行)。

しかし、前記のとおり、抗Xa活性/APTTの高い比こそ低分子量ヘパリンの薬理活性の特徴である。そして、甲第8、第9号証によれば、高い抗Xa活性が血栓症の予防剤として好ましいことは本件優先権主張日当時の技術常識であったから、審決の上記認定は誤りである。

(イ) 審決は、甲第4号証につき、「化学物質として同一とはいえないものであり、抗凝血活性は記載されているが、アンチトロンビン活性と抗凝血活性の比については記載されていない。」と認定する(審決書38頁1行ないし4行)。

しかしながら、審決は、甲第4号証における低分子量ヘパリンが経口投与可能な血栓症予防剤であるとの教示を全く無視している。本件第1特許発明及び第3特許発明は、抗Xa活性/APTT等の数値を構成要件としているものではない。同一の薬効が開示されているときに、その物質が構造上有する性質の1つである相対的に抗Xa活性が高いことを記載しなかったとの理由だけで、甲第4号証を無視することは明らかに誤りである。

しかも、前記のとおり、甲第3号証と甲第4号証を併せれば、抗Xa活性が高いという性質も、経口投与可能な血栓症予防剤という用途も、共に公知だったものである。

(ウ) 審決は、本件第1特許発明と甲第4号証に記載されたものとを対比すると、物理化学的性質が同一といえないものであるから、化学物質として相違する旨(審決書37頁3行ないし8行)認定する。

しかしながら、低分子量ヘパリンにおいては、分子量の相違に本質的な意味があり、同じレベルの分子量の低分子量ヘパリンが公知であるとき、単に各種の性質を測定しただけで発明が成立するということはあり得ない。

すなわち、本件第1特許発明の構成要件<2>ないし<5>は、ヘパリンの化学的組成を規定した構成要件であるが、<2>ないし<4>は、数値範囲の中心の数値を取り出すと、ヘキソスアミン(以下「ヘキソサミン」ともいう。)/ウロン酸/硫酸基=28%/31%/30%であり、このパーセント値を分子量で割ると、モル比が得られ、それは構成要件<5>のヘキソサミン/ウロン酸/硫酸基=1/1/2に一致する。ところで、本件優先権主張日当時、ヘパリンの基本骨格は、ヘキソサミンーウロン酸の単位が繰り返されるものであることは、技術常識であった(日本薬局方解説書一甲第11号証)。したがって、必ずヘキソサミン/ウロン酸=1/1である。硫酸基が2個であることにも意味がない。

構成要件<6>ないし<11>は、単なる性質の記載である。このような性質は、物の化学構造が決まれば、自動的に決まる。

構成要件<12>は、置換基の状態が普通のヘパリンと同じであることを規定しており、新規性・進歩性に関し構成要件<2>ないし<5>に特に別の要件を付け加えるものではない。

(エ) 審決は、本件特許明細書(甲第2号証、甲第18号証)においてカルバゾール法により測定したウロン酸の量が31%±4%であるのに、甲第4、第5号証では、ウロン酸の測定値が約40%である点を捉らえて、両者の低分子量ヘパリンは異なる旨判断している(審決書21頁ないし25頁)。

しかしながら、本件特許請求の範囲に記載されたものが、試料に加水分解を施さずにそのままカルバゾール法を適用した数値であるとしても、本件優先権主張日当時、カルバゾール法によるウロン酸の定量は、信頼性が十分でなく、特に、ヘパリンに適用した場合、理論値より大きくなる傾向があることが知られていた(甲第10号証(審判甲第15号証)、甲第43号証)。甲第4、第5号証の約40%というウロン酸の定量値は、理論値よりやや高いが、カルバゾール法をヘパリンに適用した場合の普通の値の範囲内のものにすぎない。

(オ) 被告は、甲第3号証につき、甲第3号証自身が分子量5000の画分を否定的に評価している旨主張している。しかし、甲第3号証のどこにもそのような記載はない。甲第3号証の「分子量5000の商用ヘパリン分画を除いて、分子サイズの減少ととともに連続的に比活性が上昇することが示唆された。」(訳文4頁6行ないし8行)との記載は、図2における曲線の状態(分子量5000の点が少し下がっている)を客観的に説明したものであって、分子量5000の画分の有用性の評価とは関係がない。分子量5000の画分が、高分子量のヘパリンに比べ、高い抗Xa活性と低い抗凝固活性を有する事実は、上記甲第3号証図2から明らかである。

次に、被告は、分子量5000の画分は抗凝固活性APTTが小さすぎる(抗凝固因子XaとAPTTとの比が100対4である)から、研究の対象外とされる旨主張しているが、根拠に基づかない主張である。分子量が5600を下回るヘパリンの抗凝固活性が、分子量低下に応じて大いに減少することは、ヘパリンの本質的性質である(甲第6号証、甲第22号証)。本件特許明細書の実施例2では、分子量3900の場合に既に抗凝固活性は17U/mg(USP)という低い値を記載しており、より低分子量(特許請求の範囲は2600まで包含)になれば、更にこの値は小さくなるのである。すなわち、本件第1特許発明及び第3特許発明は抗凝固活性の低い画分を包含しているのであり、抗凝固活性を甲第3号証との相違点とすることは意味がない。

(カ) 被告は、甲第4号証の目的物は本件第1特許発明及び第3特許発明の目的物とは全く別物である旨主張する。しかしながら、ウロン酸値の34%と38%の相違は、むしろヘパリンの化学構造が特に変わっていないことを示唆している。甲第4号証の真意は、発明した低分子量ヘパリンがヘパリンの構造を維持しつつ、低分子物としての差異をも示したことを報告する点にあったと解すべきである。

ウ まとめ

したがって、本件第1特許発明及び第3特許発明は新規性も進歩性も有しないものである。

(3)  取消事由3(独立特許要件の特許法36条3項、4項違反についての判断の誤り)

本件特許明細書の記載は、特許法36条3項、4項(昭和60年法律第41号による改正後の規定)に違反する。

ア 測定条件の記載不備

本件特許請求の範囲の数値要件に関し、数値の測定方法が不明確であって、当業者といえども本件第1ないし第3特許発明の権利範囲を確定することはできない。

(ア) 分子量の測定

本件特許請求の範囲における分子量の規定は、「2600~5500ドルトンの平均分子量[ソモギー(Somogy)法を用いて商用ヘパリンと比較して決定]」というものであるが(構成要件<1>)、本件優先権主張日当時において商用ヘパリンの分子量がカタログや説明書に記載されるなどして公表されておらず、分子量を明記して販売されていた商品は存在しなかった。本件特許明細書(甲第2号証、甲第18号証)にもそのような商品名が具体的に記載されていなかったから、本件特許請求の範囲に従う分子量の測定は不可能である。

すなわち、ソモギー法は、二つの試料の分子量の比を与える方法であるから、標準物質があれば、分子量未知の試料の分子量を決定することができる。

しかし、本件優先権主張日当時における技術水準においては、標準とされるヘパリンの名称、該商用ヘパリンの平均分子量の測定法、及び得られた平均分子量が確定していた事実はないから、本件特許明細書に平均分子量の測定に用いた商用ヘパリンの名称、平均分子量の測定法及びその測定値を記載しなければ、本件第1ないし第3特許発明の平均分子量の範囲を特定することができない。ところが、本件優先権主張日当時、商用ヘパリンにおいて、分子量を明記して販売されていた商品は存在しなかったし、本件特許明細書にも、商用ヘパリンに関する具体的記載は存在しない。

審決は、分子量の測定方法につき、審判乙第4ないし第6号証(甲第39ないし第41号証)を引用してソモギー法による分子量測定は可能であった旨認定する(審決書27頁2行ないし18行)。しかし、これらの証拠に記載されているのは、ソモギー法そのものの説明であって、本件特許請求の範囲にいう「商用ヘパリンと比較して決定」という要件が実施可能だとするものではない。

被告は、乙第6号証を引用して、商用ヘパリンの分子量は一貫して約13000であった旨主張する。しかし、第1に、上記乙第6号証の測定対象としたヘパリンの記載が不明瞭である(本件優先権主張日前に製造のサンプルは、訳文3頁下から9行に記載された1つだけのようである。)。しかも、本件優先権主張日当時、ヘパリンの分子量の決定法は確立していなかった上(乙第9号証)、上記乙第6号証で用いられている測定方法は、本件優先権主張日当時はいまだ開発途上にあったサイズ排除クロマトグラフィーである。本件優先権主張日当時の文献(甲第44号証)によれば、当時のサイズ排除クロマトグラフィーによる商用ヘパリンの平均分子量は21,000~24,000であって、被告の主張する13,000なる分子量は、本件特許の発明者が用い得なかったことが明らかである。上記甲第44号証に記載されているように、「ヘパリン及び酸性ムコポリサッカライドの分離と識別に多くのクロマトグラフ法及び電気泳動法が適用されてきた。これら及び他の方法がヘパリンの分子量評価に用いられて、10,000から20,000の範囲の結果が得られているが、一つの特定の値を採用すべき決定的な証拠は存在しない。」(訳文1頁6行ないし9行)、というのが、当時の状況であった。そして、甲第44号証では、商用ヘパリンにつき13,000から24,000の範囲の分子量を報告している(表1)。

また、被告は、どの商用ヘパリンを使用しても同じ測定値が得られる旨主張する。しかしながら、そもそも標準物質に左右されないというなら、標準物質を使用すること自体意味がない。乙第5号証(稲垣博博士ら意見書)は、6頁において、分子量を算出する式中の比例定数kの値が一定であることを前提としている。しかし、通常のヘパリンと分子量が大幅に異なる低分子量ヘパリンとでは、kが同一であるという保証はなく、事実異なるものである。さらに、特定の標準物質を使用しても、その標準物質の分子量を1万として計算するか、2万として計算するかによって、測定試料の分子量も2倍に変動することはいうまでもない。しかるに、商用ヘパリンを標準物質とする場合、本件優先権主張日当時において標準物質自体の分子量が明確ではなかったのである。

(イ) ヘキソサミン

ヘキソサミンの量につき、特許請求の範囲には、「加水分解後のヘキソスアミン(p-ジメチルアミノベンズアルデヒドとの反応):28%±2%」と記載されているが(構成要件<2>)、本件特許請求の範囲に従うヘキソサミンの量の測定は不可能である。

すなわち、この定量法の問題点は、一方ではヘパリンを加水分解してヘキソサミンを単離しなければならないが、他方、加水分解条件においてヘキソサミンは必ずしも安定ではない点にある。したがって、再現性のある測定結果を得るためには、加水分解条件を特定する必要がある。しかるに、本件特許明細書には、加水分解条件の一般的記載も、ヘキソサミンを実際に測定した例の記載も存在しない。

(ウ) ウロン酸

本件特許請求の範囲には、ウロン酸につき、「加水分解後のウロン酸(カルバゾールとの反応):31%±4%」と記載されているが(構成要件<3>)、本件特許請求の範囲に従うウロン酸の量の測定は不可能である。

すなわち、この要件の第1の問題点は、「加水分解後のウロン酸」の解釈である。この表現は、ヘパリンを加水分解してウロン酸を単離し、単離したウロン酸の量を測定することを意味している。加水分解後にカルバゾール反応を適用することは可能である。しかし、ウロン酸は、ヘキソサミン以上に加水分解の際に壊れやすい(甲第10号証)。したがって、加水分解条件に何らかの特定がなされない限り、一定の結果を得ることは不可能である。しかるに、本件特許明細書には、加水分解条件の記載はない。

審決は、本件特許請求の範囲の記載を、加水分解をせずにカルバゾール法を適用する測定方法であると認定している(審決書23頁9行ないし24頁末行)。この解釈は本件特許請求の範囲の明白な意味に反する解釈である。

また、仮に、加水分解せずにカルバゾール法を適用した数値でよいとしても、やはり本件特許明細書には、その方法の具体的な条件が記載されていない。

(エ) 硫酸基

硫酸基につき、本件特許請求の範囲には、「加水分解後の有機SO4--(ナフタルソンを用いる滴定:30%±4%」と記載されているが(構成要件<4>)、本件特許請求の範囲に従う硫酸基の量の測定は不可能である。

すなわち、この測定もまた、加水分解の条件(例えば使用する酸の種類と濃度等)によって影響されるし、ナフタルソンを用いる滴定は、終点の判別が困難であることが知られている。しかるに、この定量についても、具体的な測定例も、一般的な説明も、本件特許明細書には存在しない。

(オ) 電気泳動

電気泳動につき、本件特許請求の範囲には、「酢酸セルロースについての電気泳動[ピリジン/酢酸/水(1/10/229)、pH3.5およびトルイジンブルーを用いる現象]=陽極移動度U=2.1・10-4cm2v-1sec‐1を有する単一帯」と記載されているが(構成要件<7>)、本件特許請求の範囲に従う陽極移動度の測定は不可能である。

すなわち、電気泳動とは、試料が電場の中でどの程度動き易いかを測定する実験方法であり、通常、混合物を相対的な移動距離の差異によって各成分に分離したり、複数の試料を同時にスタートさせて移動度の差異から試料の同一性の有無を判断する等の目的に使用される。

動き易さは、測定条件によって顕著に変動するが、相対的な移動度を測定するのであれば、測定条件は基本的な条件のみ規定すれば十分である。しかし、本件におけるように、単一試料の移動度の絶対値を規定するのであれば、移動度に影響する因子を全部特定しなければならない。この点は、甲第13号証をみれば明らかである。すなわち、甲第13号証は、1つの特定の条件において、スタートからの泳動時間が10分、20分、30分である時の陽極移動度を求めて比較したものであるが、他の条件がすべて同じでも、単に移動距離を測定するまでの時間が変るだけで、陽極移動度は同号証図1のように大きく変動する。

しかるに、本件特許請求の範囲には、泳動時間の規定がないことはもちろん、電圧、使用する膜の種類その他の条件が記載されていない。

(カ) 置換基の量及び位置

本件特許請求の範囲の末尾には、「活性基、とくには硫酸基、がヘパリンに特有の量及び位置で含有されてなるオリゴヘテロポリサッカライド」との記載があるが(構成要件<12>)、「ヘパリンに特有な量及び位置」及びその判定方法が明確ではなく、記載不備である。

すなわち、ヘパリンに特有の量及び位置で活性基(とくには硫酸基)が含有されているといい得るためには、ヘパリンに特有の量及び位置とは何か(量は何%か、位置は化学構造式のどの位置か)が明らかであり、かつ、本件第1ないし第3特許発明の物質が当該量及び位置に置換基を有することが確認可能でなければならない。甲第11号証によれば、本件優先権主張日当時、ヘパリンの化学構造はほぼ解明されていたものの、置換基の位置及び量については、試料により必ずしも一定しておらず、何をもってヘパリンに特有の置換基の量及び位置とするかは、客観的に明らかにはできない状況であったと考えられる。したがって、本件特許明細書には、本件第1ないし第3特許発明の意味における「ヘパリンに特有な量及び位置」及びその判定方法が明確に定義されていなければならない。

しかるに、本件特許明細書には、何らこの点の具体的説明はない。

イ 製造方法の記載不備

本件特許明細書の実施例は、当業者が追試するに足りるだけの記載がなされておちず、また、医薬発明として必要な薬効の記載が十分にされているとはいえない。

(ア) 出発物質の記載不備

出発物質が入手できなくては、実施例を追試できないし、実施例が追試し得ない特許明細書が特許法第36条4項に違反することは明らかである。

本件特許明細書(甲第2号証、甲第18号証)には、低分子量のヘパリン部分は、

(a) 化学的方法または酵素的方法によるヘパリンの解重合、

(b) 治療上の使用のためのヘパリン抽出の母液中、より得られ、このような部分は、一般に硫酸基が少ないと記載している(甲第2号証6欄8行ないし19行)。そして、不足している硫酸基を再硫酸化によって導入し、天然のヘパリンと同じ構造の低分子量ヘパリンを得るというのである。さらに、実施例においては、再硫酸化の出発物質が

「実施例1

分子量 4850±300ダルトン

有機SO4---:13.6%

実施例2

分子量 3400±400ダルトン

有機SO4--:11.8%」と記載されている。

しかし、実施例には、このような出発物質が具体的にどのようにして得られたかの記載はない。

本件優先権主張日当時、分子量が5,000程度で、通常のヘパリンとほぼ等しい硫酸基を有する低分子量ヘパリンは、甲第3ないし第5号証により公知であった。しかし、上記実施例の出発物質のごとき分子量であって、かつ、硫酸基の量が通常のヘパリンより顕著に少なく調節された物質は、いかなる公知文献にも記載されていなかった。

そして、本件特許明細書に記載された上記(a)、(b)のいずれも、これだけの記載では実施例の出発物質を教示するものではあり得ない。

上記(b)について検討すると、ヘパリン抽出の母液から、本件第1ないし第3特許発明の出発物質に相当する物質を純粋に単離することが必要であるが、そのような単離方法はどこにも開示されていないから、当業者が容易に行い得ることではない。

上記(a)については、本件特許明細書に記載された甲第14、第15号証(甲第2号証6欄11行ないし13行)のどこにも、実施例の出発物質に相当する低分子量体の記載はない。

審決は、甲第14号証(審判甲第21号証)の図3及び甲第15号証(審判甲第22号証)の185頁(イントロダクション)を見ればわかる旨認定するが(審決書48頁6行ないし49頁11行)、審決指摘の箇所には、本件第1ないし第3特許発明の分子量は記載されていないし、また上記出発物質の特殊な硫酸基の量も示唆されていないのである。

(イ) 作用効果の記載不備

本件特許明細書(甲第2号証9欄12行ないし10欄16行)には、本件第1ないし第3特許発明の低分子量ヘパリンにおける薬理活性が記載されているが、その記載は、極めて簡単であって結論のみを記載しているにすぎないから、実際に行われた試験結果と認定することは困難である。

しかも、内容において、低分子量ヘパリンの特徴を示していない。

すなわち、発明の特徴は、抗Xa活性及び抗凝固活性につき認められるべきであるが、この点につき、低分子量ヘパリンの有すべき特徴的作用効果が確認されていない。抗凝血剤活性(抗凝固活性)USP≦50U/mg、KCCT:7~19は、甲第3号証に開示されている低分子量ヘパリンのAPTTと同じレベルの抗凝固活性にすぎない。

次に、本件特許明細書に(Yin’s/KCCT):2.5と記載されている(甲第2号証10欄6行)ので、上記KCCTの数値を用いて抗Xa活性の数値(Yin’s)を求めると、17.5~47.5と計算される。(7×2.5~19×2.5であるから、17.5~47.5になる)。この抗Xa活性値は、低分子量ヘパリンの抗Xa活性の値として著しく低い。例えば、甲第3号証では約100であるし、本件発明者の論文甲第17号証では155である。また、最近のヨーロッパ薬局方においても、低分子量ヘパリンの抗Xa活性は70単位以上と規定されている。すなわち、本件第1ないし第3特許発明の低分子量ヘパリンは、本来有するべき抗Xa活性よりはるかに低い活性しか有していないのであって、不完全な物質であったことを示唆している。

本件特許明細書(甲第2号証10欄7行ないし16行)には、犬に対する投与及びうさぎに対する投与の結果が記載されているが、単に一般的に有効である旨の記載がなされているだけであって、定量的な記載(例えば、何をコントロールとして比較したか、コントロールにおける血栓症発生率と低分子量ヘパリン投与の場合の発生率の記載など)がない。このような、抽象的な記載だけで、医薬品の発明としての作用効果の確認があったとは認め難い。

以上のとおり、本件特許明細書には、発明の眼目というべき低分子量ヘパリンの高い抗Xa活性が確認された旨の記載はなく、また、血栓症の予防効果について何ら具体的な効果の確認がなされていないものである。

第4  審決の取消事由に対する被告の認否及び反論

1  認否

原告及び補助参加人主張の取消事由は争う。

2  反論

(1)  原告主張の取消事由1(訂正の目的及び特許請求の範囲の実質的変更の点についての判断の誤り)について

ア 訂正事項<1>(pH4.5の点)

(ア) 訂正前の明細書中のピリジン/酢酸/水の配合比「1:10:229」の記載は、緩衝液の組成を示したもので、その構成を具体的に特定する主たる記述である。これに比べ、pH値は、このように特定された緩衝液の性質であるpH値を参考のため記載した副次的な記述にすぎない。そして、訂正前の明細書の「pH4.5」では、緩衝液の特定された組成のpHと一致せず、記載が相互に矛盾するから、「当業者は、混合物の組成が正しく、pH4.5が誤記であると理解」(審決書6頁3行ないし5行)する以外の解釈はない。このように理解することは、化学常識とも一致するものである。

(イ) 原告及び補助参加人は、ピリジンと酢酸のモル比を変えてpH4.5に調整すればよい旨主張する。しかしながら、ピリジン/酢酸/水(1/10/229)の混合物のpHを4.5に調節するためには他の物質を添加しなければならないが、その結果、混合物の組成は変動するから、pH調節を前提とすると、一定の組成を記載することとは矛盾することになる。したがって、原告及び補助参加人の上記主張は当業者の常識を無視したものであり、失当である。

イ 訂正事項<2>(USP≧50の点)

(ア) 審決は、まず「訂正前の明細書には、訂正事項「UPS≧50」に関して、

(ア)-抗凝結活性:17U/mg(USP)(17頁9行)

(イ)前述の方法で得られた生成物を検定して、その薬理学的性質とその活性を確認した。

・・・

抗凝結活性

USP≧50U/mg

カオリンーセファリン凝結時間試験(KCCT):7~19

試験管内アンチトロンビン活性対抗凝結剤活性の比(Yin's/KCCT):2.5

と記載されている。」(審決書6頁12行行ないし7頁5行)と訂正事項<2>に関連する訂正前の明細書の記載の存在を明らかにし、次いで、上記(ア)の記載につき、「実験結果を示す記載たとえば、実施例が発明の基礎となるものであ」り(審決書7頁10行、11行)、「実験結果としての物性値としてUSPが17U/mgと明示されているのであるから」(審決7頁12行、13行)、「この値が50以下であることが明らかである。」(審決7頁14行、15行)と述べ、この物性値と矛盾する「UPS≧50」は誤記であると結論付けている。

また、本件特許の優先権主張の基礎になるイタリア国出願26608A/77号の出願当初の明細書(丙第5号証)の対応部分には、「USP:15-50U/mg」と明記されており(10頁最終行)、「USP≧50U/mg」が誤記であることが分かる。

以上のとおり、訂正前の明細書は、実施例をはじめとして発明の詳細な説明全体の記載のすべてが、本件訂正の対象となった1箇所を除き、「USP≧50」(甲第2号証10欄2行)の記載が誤記であることを客観的かつ明白に示しているものである。

(イ) 原告及び補助参加人は、本件特許発明の発明者は、優先権主張の基礎となるイタリア出願当時は低分子量ヘパリンの抗凝固活性は15-50U/mgであると考えていたが、その後の実験により抗凝固活性が高い場合もあることを見いだし、本件特許出願(日本出願)ではUSP≧50と書換えた可能性が否定できない旨主張する。

しかしながら、仮に原告らが主張するように、発明者が自ら実験を行い、本件特許出願前に高い抗凝固活性の化合物を見いだし、それを本件特許出願(日本出願)の中に包含しようと意図したのであれば、その化合物を実施例として我が国への出願明細書中に追加記載して対処することを考えるのが常識であるから、原告らの上記主張は失当である。

(2)  原告主張の取消事由2(独立特許要件の新規性、進歩性についての判断の誤り)について

ア 甲第3号証

甲第3号証は、血栓症予防効果に関する活性とヘパリンの分子量との関係について解明するに至ってはいない。

すなわち、甲第3号証は、アンチトロンビンⅢ-セフアロース・アフィニティークロマトグラフィによって精製されたヘパリン自身の抗凝固作用を検討報告したものである。そこで集められ検討対象とされたのは、ヘパリンの分子量5000以上の分画である(甲第3号証訳文5頁図2参照)。

考察の結果、著者は、「抗Xa活性の測定から、分子量5000の商用ヘパリン分画を除いて、分子サイズの減少とともに連続的に比活性が上昇することが示唆された。」(訳文4頁6行ないし8行)と述べている。つまり、著者は、図2によると商用ヘパリンの分子量5000の分画は抗凝血活性(APTT)が3~4と極端に低く、実用に役立たないことを示しているため、この分画を特に除外し、分子量6000以上の他の分画について考察しているのである。

この抗凝血活性値が低すぎるということは、抗血栓症効果に貢献し得ないことを意味する。その結果、抗凝固因子XaとAPTTとの比は100対4(訳文5頁図2参照)、すなわち25倍にもなり、理想とする数値(2と3の間といわれている)から大きく隔たり、研究から対象外とされてしまうのである。

また、甲第19号証(乙第2号証)は、1979年(本件優先権主張日の約2年後)に発刊されたヘパリンに関する当時の本邦唯一の成書であるが、その中で、分子量5000の特別の性質について、「ヘパリンの活性が分子量と相関関係にあるか否かについては、否定的なものと、肯定的な説があるが、現在ではその活性を示す必要最小分子量は、約5×103とされ、これ以上の分子量では、活性と比例関係にあるとする説が有力である。

cifonelliは、ウシ肺ヘパリンをSephadex-G75で分画して得られた4つの画分について化学分析値とその活性との関係をしらべた(表2.8)。その結果、ほぼ同様の組成をつ持つにもかかわらず、その活性は、分子量の減少とともに減少し、分子量5×103以下のヘパリンでは、もはや活性は全く示さないことを明らかにした。また、同様な結果をブタ小腸ヘパリンについても得ている。」(乙第2号証の3第54頁13行ないし55頁1行)と説明され、また、「ヘパリンの活性発現と分子量との関係なども、まだ十分解明されたとはいえない」(乙第2号証の2第247頁20行、21行)と説明されている。

また、甲第3号証自身も、その論文の最後で、ヘパリン分画の臨床上の効果と副作用の解明には、「凝固と止血という複雑な過程に於ける多くの段階の生体内での重要性についての理解が増してゆくのを待たねばならない。」(訳文7頁下から3行ないし末行)と結んでいる。

原告は、甲第3号証の第2図は、抗凝固活性は分子量の低下とともに顕著に低下していくが、抗Xa活性は分子量が低下しても低下しなかったことを示し、低分子ヘパリンの薬理活性を開示している旨主張する。

しかしながら、乙第3号証(マットソンら「ヘパリン・オリゴ糖のアンチトロンビン効果」1989年)には、動物を使った血栓症のモデル実験で、アンチトロンビン効果と抗Xa活性とは同義語ではないことはもちろん、アンチトロンビン効果は抗凝固因子Xa活性と相関もしていないこと、アンチトロンビン効果のメカニズムは今日なお不明であることが示され、また、甲第6号証(ラリオ・オロヴ・アンダーソン供述書(1997年))にも、「抗血栓症効果はどの特定の抗凝固活性とも相関しない」(訳文3頁下から4行)、「抗凝固因子Xa活性は良好な抗血栓症活性の必要条件ではあるが、十分条件ではないようである」(訳文3頁末行ないし4頁1行)と同様の趣旨のことが記載されているとおり、低分子量ヘパリンが血栓症予防効果を示すか否かは、基礎実験に続く動物実験によって実証されることによってはじめて判明するものであるから、原告の上記主張は理由がない。

イ 甲第4号証

原告は、低分子量ヘパリンの薬理活性は甲第4号証によっても公知であった旨主張する。

しかしながら、甲第4号証の目的物は本件第1特許発明及び第3特許発明の目的物とは全く別物である。甲第4号証は、ヘパリンをヘパリナーゼという酵素で加水分解することによって得られた分子量5300の分画が経口投与可能な抗凝血剤となり得ることのみを開示しているにすぎない。甲第4号証の発明者は、甲第4号証の方法で得られた目的物が、低分子量ヘパリンではなく、ヘパリンとは構造の異なることを強調している。例えば、ウロン酸の含量では、ヘパリンでは34.4%であるのに対して、38.9%と大きく異なることを確認しており、また高電圧電気泳動によっても、ヘパリンと区別することができることが甲第4号証中に明記されている(訳文2頁8行ないし11行)。

[3]さらに、甲第4号証は経口時に活性な抗凝固剤であるのに対し、本件特許発明は血栓症予防剤であり、薬効が異なる点で相違している。

ウ 甲第5号証

原告は、甲第5号証には低分子量ヘパリンの物性値が詳しく開示されている旨主張する。

しかしながら、甲第5号証はヘパリナーゼ処理ヘパリンの分析データを報告したものにすぎず、本件第1特許発明及び第3特許発明の低分子量ヘパリンとは別物についての報告である。

エ カルバゾール法によるウロン酸の定量

原告は、カルバゾール法によるウロン酸の定量は、信頼性が十分でなく、特にヘパリンに適用した場合理論値より大きくなる傾向があることが知られていた旨主張するが、定量分析によって40%の数値が得られるのであれば、それは本件第1特許発明及び第3特許発明の目的物質とは別の物質であることを示すものである。

(3)  原告主張の取消事由3(独立特許要件の特許法36条3項、4項違反についての判断の誤り)について

ア 測定条件の記載不備

原告は、本件特許明細書に数値の測定方法の条件が記載されていないことを問題とするが、本件第1ないし第3特許発明は、分析方法を発明の対象としたものではなく、発明の対象物を特定するための一手段として分析値を記載しているのであって、その分析値を得るのにどの分析方法によるかを一々記載することは本来必要ではない。なぜなら、定量分析は正しい値を出すことではじめて意味をもつものであり、そのような意味を果たし得る程度に確立され信頼できる分析方法が存在することを前提条件として、定量分析がはじめて行われるからである。したがって、専門家は、最も正確な分析値を得るため、その時点で最も適切な方法を最も適切な条件下で適用して分析を遂行するのであるから、その定量分析値を示すだけで十分なのであって、分析条件を細かく特定する必要はないものである。

本件特許明細書(甲第2号証、甲第18号証)には、上記で必要とされる以上に、各分析につき、その分析方法を特定している。しかも、その特定された分析方法は、いずれも、本件優先権主張日当時、非常によく知られた代表的普遍的な方法である。このように明確にして具体的な分析方法の記述に対して、記載不備があるとする原告の主張は、失当である。

(ア) 分子量の測定

本件優先権主張日当時、高分子化合物(ヘパリンもその1つ)の分子量測定方法の1つとしてソモギー法が使用されており、周知であった。したがって、分子量を測定するに当ってソモギー法を用いるとの記載があれば、それで測定法は既に十分に特定されており、明細書の記載不備はない。

さらに、本件特許明細書は、「商用ヘパリンと比較して」と分析対照品までも記載している。

原告は、「商用ヘパリンと比較して決定」という要件は実施不能である旨主張するが、誤りである。

第一に、商用ヘパリンは測定の正確さを期すために単に対照品として用いられるものであるから、どの商用ヘパリンを使用しても同じ測定値が得られる。測定用に選んだ特定の商用ヘパリンの分子量が明細書の中に記載されなければならないような性質のものではない(乙第5号証一稲垣博博士ら意見書)。

第二に、商用ヘパリンは本件優先権主張目当時、広く市場に存在した。その当時から今日に至るまで、「商用ヘパリン」という言葉はそれ自体で十分かつ明確に当業者間で特定されている。本件優先権主張日当時の商用ヘパリンの数平均分子量は、約13,000で、この数値は今日に至るまでほとんど同じである。

乙第6号証(モルガン・エルトナーのレポート)は、過去に作られた商用ヘパリンにつき、その分子量はほぼ一定なのか、それともまちまちで大きく上下しているのかどうか、製造年度別に分けて長期の製造年度にわたり(1976年ないし1994年)調べたものである。その結果、異なる年度、異なる製造業者によって製造された商用ヘパリンの分子量(数平均分子量)は本件優先権主張日当時から今日に至るまでずっと約13,000の一定の幅の範囲内でほぼ一定しており、製造時による変動が非常に小さいことが確認されたものである。原告は、乙第6号証が測定方法としてサイズ排除クロマトグラフィーを用いたことを問題とするが、この方法は今日最も信頼されている普遍的かつ正確な測定方法で、商用ヘパリンの分子量がこの20年余り一定の範囲内にあることが立証されたものである。

また、甲第44号証(スギサカら「高圧液体クロマトグラフィーによるヘパリン類の分子の大きさの迅速な決定」)には、被告の主張と異なる分子量が発表されているが、この報告内容に対しては、研究発表後のディスカッションにおいて、専門家から直ちに疑問が出されており、当時の商用ヘパリンの分子量が約13,000であったことを左右するものではない。さらに、甲第44号証は、原告も認めるように、高圧液体クロマトグラフィーという未確立な新たな技術を使用しており、内容の信憑性に重大な欠陥があるものである(乙第9号証)。

(イ) ヘキソサミン

本件特許明細書の記載は、その定量方法を十分に特定している。加水分解はもっとも基本的な化学処理手段であり、またp-ジメチルアミノベンズアルデヒドとの反応は、モルガンーエルソン反応としてよく知られた方法である(乙第7号証-岩波理化学辞典)。

(ウ) ウロン酸

本件特許明細書は、「加水分解後のウロン酸(カルバゾールとの反応)」(構成要件<3>)とウロン酸の測定方法を明確に特定している。

「カルバゾール反応」とは、カルバゾールを用いる呈色反応を指す。この中でもビターとムイア(Bitter and Muir)のカルバゾール反応方法(甲第37、第38号証)は非常によく普及している。その反応は水の存在下濃硫酸による加熱工程と、カルバゾール試薬の添加呈色による測定工程の2段階からなっており、前半工程が加水分解工程である。この前半工程の必要性は、甲第38号証でもカルバゾール硫酸反応として述べられている。高温での硫酸処理後、沸騰浴において、カルバゾール呈色反応にかけるものである。高温で水の存在下での10分間の前半工程の加熱は、加水分解を起こすに充分である。

そして、審決は、このことを「(カルバゾール反応の結果)加水分解後のウロン酸」であるといえると表現し(審決書24頁下から3行、2行)、カルバゾールとの直接反応ではないことを示しており、その認定に誤りはない。

(エ) 硫酸基

硫酸基に関する「加水分解後の有機SO4--(ナフタルソンを用いる滴定)」との本件特許請求の範囲の表現は、明確かつ具体的で、当業者の実施のために十分な記載である。ナフタルソンを用いる滴定は、本件優先権主張日当時、本件特許の優先権主張国であるイタリア薬局方にも記載されている。

(オ) 電気泳動

電気泳動の測定についての本件特許請求の範囲の記載は十分に具体的である。

すなわち、本件優先権主張日当時、電気泳動は繁用されていた物質同定法であった。そして、酢酸セルロースについての電気泳動を、ピリジン/酢酸/水(1/10/229)、pH3.5の混合液を用いて行うことが特定されていればそれで十分である。電気泳動の常識に従ってその他の条件を選ぶことは、当業者にとって当たり前のことである。

ヘパリン類には電気泳動で陽極移動する共通の性質がある。この共通の性質を本件第1ないし第3特許発明の目的物も同様に保持しているかどうかを確認するのに、他の物質と並べて電気泳動を実施する必要はない。

さらに、本件第1ないし第3特許発明では、この電気泳動によって本件特許請求の範囲に特定した陽極移動度Uの単一帯が得られた。この単一帯を確認したことで、単一ではない混合物が化学的に相類似しており、類似した電気負荷を持つと結論することができたものである。これは本件第1ないし第3特許発明の対象物が他のグルコースアミノグルカン(グルコース多糖)を含まないことを示すものである。また、類似した電気負荷を持つということは、硫酸化の程度が本件第1ないし第3特許発明の各成分において同じであることも示すものである。電気泳動に関する構成要件<7>の目的は、この単一帯が得られたことで達成されている。

(カ) 置換基の量及び位置

本件第1ないし第3特許発明では、その目的物を同定するに際して、(a)ヘキソサミンの量、(b)ウロン酸の量、(c)有機SO4--の量をそれぞれ定量分析し、それらを基にしてウロン酸/ヘキソサミン/SO4--のモル比を1/1/2と特定した。これは、本件1ないし第3特許発明の目的物に含まれる硫酸基がヘパリンに特有の量であることを示すものである。

また、本件第1ないし第3特許発明の原料化合物はヘパリン硫酸基が脱硫酸化しているため、硫酸基の含量が少ないが、この原料化合物を等重量の窒素含有有機基のスルホトリオキシドでアルカリ性環境中で処理することにより選択的N-硫酸化が行われ(フリーのアミノ基が硫酸化され)、ヘパリン硫酸基脱落前の状況に復した化合物が得られる。この選択的N-硫酸化反応は本件優先権主張日当時から今日まで専門家の間でよく知られた確立した反応である。

イ 製造方法の記載不備

(ア) 出発物質の記載不備

本件特許明細書は、原告も認めるように、出発物質の入手源について、(a)化学的方法または酵素的方法によるヘパリンの解重合、(b)治療上の使用のためのヘパリン抽出の母液中、を教示し、(a)については2つの公知文献を参照として挙げているが、これだけの記述があれば、出発物質に関する情報は当業者に対し十分に与えられているとみることができる。

また、本件特許明細書の実施例には、それぞれの実施例の出発物質の基本的な分析特性を具体的に挙げており(甲第2号証7欄42行ないし8欄5行、8欄32行ないし38行)、実施例の出発物質の記述は、十分に出発物質を特定している。

原告は、(a)のヘパリンの解重合のものについて、本件特許明細書に記載された甲第14、第15号証のどこにも実施例の出発物質に相当する低分子量体の記載はない旨主張する。しかしながら、ヘパリンの酵素による解重合によりいろいろな分解物の低分子量化合物が得られるからこそ、当時種々研究がすすめられていたものであり、それらの中で硫酸基を少量含む低分子量化合物が本件第1ないし第3特許発明の出発物質である。

(イ) 作用効果の記載不備

薬効に関する本件特許明細書の記述をみると、薬効に関連する記載は極めて詳細であり、発明の詳細な説明のほぼ半分を占めている。特に、アンチトロンビン活性対抗凝血活性の比を重視し、これを試験管内実験にとどまらず、生体内実験を行なって確認している。生体内実験を行わなければアンチトロンビン活性を確認することはできない。

理由

第1  取消事由3(独立特許要件の特許法36条3項、4項違反についての判断の誤り)について

1  分子量の測定(ア(ア))について

(1)  前記のとおり、本件特許請求の範囲における分子量の規定は、「2600~5500ドルトンの平均分子量[ソモギー(Somogy)法を用いて商用ヘパリンと比較して決定]」(構成要件<1>)というものである。

(2)  そして、乙第5号証によれば、稲垣博博士ら意見書には、ソモギー法による分子量の決定について、最初に商用ヘパリンを使用して、M*=k×W*/V*の式の比例常数kを決定すると記載され(6頁)、さらに、「先ず数平均分子量(M*ダルトンとする)の既知の商用ヘパリンの一定量(W*gr)を正確に秤取し、この検体をソモギー法に従う容量分析に供し、検体中の還元性末端基のモル数に対するチオ硫酸ナトリウム溶液の滴定量(V*ml)を測定する。」(5頁下から5行ないし末行)と記載されていることが認められ、これらの記載によれば、ソモギー法を用いてヘパリンの分子量を定量するには、標準物質として使用する商用ヘパリンの分子量は既知であることが前提となっていることが認められる(なお、分子量が既知であれば、どのヘパリンを用いるかによって算出される値は変わらないものである。)。しかも、ある物質の分子量がいくらとなるかは、分子量の測定法により当然異なるものであるから、標準物質とされるある特定のヘパリンについて、どの測定法を採用すべきかが定まらないと、その分子量(M*)の値や比例常数kの値も定まらないものと認められる。

これに反する被告の主張は採用することができない。

(3)  本件特許発明において、標準物質の分子量を一義的に決定することができるか否かについて検討する。

ア 乙第6号証(モルガン・エムトナーのレポート)によれば、本件優先権主張日である1977年(昭和52年)8月9目当時においても、市販された商用ヘパリンが存在したことが認められる。

イ 本件優先権主張日当時、このような商用ヘパリンの分子量の測定法について、本件特許明細書に記載されていたかについて検討すると、本件明細書(甲第2号証、甲第18号証)には商用ヘパリンの分子量の測定法に関する具体的記載は存在しない。

次に、本件優先権主張日当時、このような商用ヘパリンの分子量測定法について、当業者に自明の測定法があったか否かについて検討しても、乙第5号証に「ソモギー法は既に1950年代、多糖類の分子量測定に応用されていた。」との記載(2頁)及び高分子物質の分子量測定法として「サイズ排除クロマトグラフィー(SEC)」が、「1970年代半ばに至り・・・最も汎用される分子量測定法の地位を確立した。」との記載(3頁、4頁)があるものの、商用ヘパリンの分子量測定法について具体的な記載がされているものではなく、当業者に自明の測定法が存在したことを認めるに足りる証拠はない。

(4)  次に、審決の判断及び被告の主張について判断する。

ア 審決は、分子量の測定方法につき、甲第39ないし第41号証(審判乙第4ないし第6号証)を引用してソモギー法による分子量測定は可能である旨認定する(審決書27頁2行ないし18行)。

しかしながら、上記甲第39ないし第41号証には、ソモギー法そのものについての説明や、標準物質の分子量が既知の場合の測定結果は記載されているが、ヘパリンの分子量をソモギー法により測定する方法自体は記載されていないものである。したがって、上記甲第39ないし第41号証により、本件特許請求の範囲にいう「商用ヘパリンと比較して決定」という要件が実施可能であると認めることはできないから、審決の上記認定は理由がない。

イ 被告は、本件優先権主張日当時の商用ヘパリンの数平均分子量は約13,000で、この数値は今日に至るまでほとんど同じである旨(乙第6号証)主張する。

しかしながら、甲第44号証によれば、1997年1月発行のスギサカ及びペトラチェック「高圧液体クロマトグラフィーによるヘパリン類の分子の大きさの迅速な決定」(フェデレーション プロシーディングス36巻1号89頁ないし92頁)には、「ヘパリン及び酸性ムコポリサッカライドの分離と識別に多くのクロマトグラフ法及び電気泳動法が適用されてきた。これら及び他の方法がヘパリンの分子量評価に用いられて、10,000から20,000の範囲の結果が得られているが、一つの特定の値を採用すべき決定的な証拠は存在しない。従って、最近の方法である高圧液体クロマトグラフィー(HPLC)をヘパリンの精製と識別という重要な問題に適用してみることは興味がある。」(訳文1頁6行ないし11行)と記載され、サイズ排除クロマトグラフィーによる商用ヘパリンの分子量の測定結果は商用ヘパリンの起源によってまず異なっており、ブタ腸粘膜起源の高力価ヘパリンではRI検出器で21,000ないし24,000、一方、ウシ肺又はウシ腸粘膜起源のヘパリンではRI検出器で16,000ないし19,000であることが報告されていることが認められる。これらの記載によれば、被告が引用する乙第6号証で使用されたサイズ排除クロマトグラフィー法は、本件優先権主張日当時、いまだ開発途上にあったものであること、被告の主張する13,000なる分子量とは一致していない分子量の測定結果が報告されていたこと、及び本件優先権主張日当時、ヘパリンの分子量評価について1つの特定の値を採用すべき合意は得られていなかったこと、そして、本件優先権主張日当時には、サイズ排除クロマトグラフィー法によって商用ヘパリンの分子量を求める場合に、その値が「数平均分子13,000の一定値」であると一義的に決定することはできなかったことが認められる。

しかも、乙第9号証によれば、1977年1月発行のフェデレーション プロシーディングス36巻1号97頁におけるディスカッションにおいては、ドクター・リンカーの「ドクター・スギサカの測定した分子量が他の人の測定値より約50%高い。」との発言に続いて、ドクター・スティバラが発言し、「自分はヘパリンの画分につき分子量を超遠心法で測定したら約12,600で、X線散乱で計ったら12,900であったからドクター・リンカーに賛成する」旨述べている一方、ドクター・ペトラチェック(甲第44号証の共著者)が、「あなた方は、この重合体のポリエレクトロライトとしての性質が、使用する陽イオンや陰イオンによって異なる結果を与えるという事実を知ったうえで、第1次の標準をどう定めるのでしょうか。」等と述べて、問題の本質は標準物質の選択にあることを指摘し、さらに、ドクター・ラスカー(甲第4号証の米国特許中共同発明者、甲第5号証の共著者)は、最後に、「ある人が観察している特定の試料が、環境の影響を受けている可能性は非常に大きい。この点を認識することが重要であると思います。X線散乱は多分環境の影響を受ける程度が超遠心法より低い。超遠心測定は溶液中の変動要因に影響されやすいからです。」(以上、原告訳文)と指摘していることが認められ、これらの議論の内容によれば、被告が指摘するドクター・リンカーの「スギサカ先生、あなたの測定した分子量は他の人のものよりも、約50%高い。例えば、ラスカー先生かスティバラ先生からサンプルをもらって、あなたの測定法でどんな値になるのか見てみてはどうだろうか?」(乙第9号証被告訳文)という趣旨の批判があったことを考慮しても、本件優先権主張日当時、ヘパリンの分子量の測定法について明確な合意は成立しておらず、ある特定の商用ヘパリンを標準に選んだとしても、その客観的な分子量がいくらであるかを容易に知り得ることはできなかったものと認められる。

したがって、被告の上記主張は採用することができない。

(5)  以上の事実からすると、本件優先権主張日当時存在した商用ヘパリンの分子量が特定されないのであるから、本件特許請求の範囲の記載からは本件特許の範囲を規定する分子量を定めることはできないこととなり、本件特許請求の範囲の記載は、発明の構成に欠くことのできない事項を記載することを求めた特許法36条4項(昭和62年法律第27号による改正前の昭和60年法律第41号による改正後の規定。以下同じ。)に違反するものと認められる。そして、この点の審決の判断の誤りは審決の結論に影響するものと認められる。

2  電気泳動(ア(オ))について

(1)  前記のとおり、本件特許請求の範囲には、電気泳動について、「酢酸セルロースについての電気泳動[ピリジン/酢酸/水(1/10/229)、pH3.5およびトルイジンブルーを用いる現象]=陽極移動度U=2.1・10-4cm2v-1sec-1を有する単一帯」(構成要件<7>)と記載されており、本件特許請求の範囲においては、陽極移動度が、他の物質との比較における相対値としてではなく、物質を特定するための絶対値として規定されているものである。

(2)  乙第13号証によれば、森五彦ら編「ろ紙電気泳動法の実際」(昭和31年第3版発行)には、電気泳動法において指定すべき測定条件として、「泳動値に及ぼす諸条件の影響については今後残された問題も多いが、一応考えられていることは、電圧、電流、電解液の種類と濃度、pH、およびろ紙の種類であり、この他装置による泳動条件、温度、またろ紙の傾斜に基づく種々の現象、電極における分極の影響と電解液の量、等頗る多い。それ故、できるだけ以上の点を考慮して同一条件下で実験を行うことが大切である。」(3頁21行ないし26行)、「さて文献にV/cm、I/cm、電解液の種類および泳動時間が与えられていれば、実際には困難な事であるが、一応形式的には、その条件は明瞭に定まる。」(4頁10行、11行)、「しかし、すでに述べたように、1cm巾のろ紙を5本並べる場合と、5cm巾のろ紙を1枚用いる場合とでは、最早、厳密には同じ条件として期待できない。また、電解液の種類は、そのイオン強度および分析しようとする物質との結合等を考える時、頗る微妙な影響を有している。なおこの他電気滲透圧という現象もあり、このことは、種々検討されなければならない。また、ろ紙の傾斜に基づく電解液の流下も著しい影響がある。ただし以上のような事は余り立ち入って考えなくとも、常に同じ装置内で、同じ様式で純品と試料を併行させて実験すれば、大体において問題にする事はない。しかしこのように考えれば、文献に記載された泳動値は、少々、あてにならないものであり、同じ結果を得ようと努力する事も不必要である事が理解されよう。」(4頁15行ないし5頁7行)と記載されていることが認められ、この記載及び弁論の全趣旨によれば、電気泳動は、試料が電場の中でどの程度動き易いかを測定する実験方法であり、通常、複数の物質の混合物につき相対的な移動距離の差異によって各成分に分離したり、複数の試料を同時にスタートさせて移動度の差異から試料の同一性の有無を判断する等の目的に使用されており、このような相対的な移動度を測定するのであれば、測定条件は基本的な条件のみ規定すれば十分であるが、本件のように、物質の特定のために移動度の絶対値を規定する場合は、移動度に影響する因子をすべて特定する必要があるものと認められる。実際、甲第13号証(政田正弘助教授ら実験報告書)によれば、低分子量ヘパリン試料(補助参加人の提供したパルナパリンナトリウム)につき、他の条件をすべて同じとし、スタートからの泳動時間だけを10分、20分、30分と変えて陽極移動度を求めて比較する実験を行ったが、陽極移動度は泳動時間に依存して減少し、泳動時間ごとに大きく変動したことが認められる。

被告は、本件特許請求の範囲においては、電気泳動により単一帯が得られれば足りるかのような主張をするが、本件特許請求の範囲の規定は、特定の陽極移動度を有する単一帯が得られることを構成要件として規定しているものであるから、被告の上記主張は採用することができない。

(3)  本件特許請求の範囲には、泳動時間の規定がないことはもちろん、電圧、使用する膜の種類その他の条件が記載されていないものであるから、このような記載のみでは、ある物質が本件特許請求の範囲に該当するか否かを判断することはできないものと認められるから、本件特許請求の範囲の記載は、発明の構成に欠くことのできない事項を記載することを求めた特許法36条4項に違反するものと認められる。そして、この点の判断の誤りは審決の結論に影響するものと認められる。

3  出発物質の記載不備(イ(ア))について

(1)  本件明細書(甲第2号証、甲第18号証)には、低分子量のヘパリン部分は、

(a) 化学的方法または酵素的方法によるヘパリンの解重合(甲第14号証、甲第15号証を参照文献として引用している)、

(b) 治療上の使用のためのヘパリン抽出の母液中、より得られ、このような部分は、一般に硫酸基が少ないと記載され、不足している硫酸基を再硫酸化によって導入し、天然のヘパリンと同じ構造の低分子量ヘパリンを得る旨が記載され(甲第2号証6欄8行ないし24行)、実施例においては、再硫酸化の出発物質として、

実施例1

分子量 4850±300ダルトン

有機S04--:13.6%

実施例2

分子量 3400±400ダルトン

有機SO4--:11.8%

(甲第2号証7欄43行、8欄1行、2行、33行ないし35行)と記載されているものである。

(2)  このような出発物質が本件優先権主張日当時に得られていたのかどうかについて検討しても、この点を認めるに足りる証拠はない。

ア まず、本件特許明細書中の上記(a)、(b)の記載だけでは、実施例の出発物質を教示するものとはいえない。

また、本件特許明細書の実施例の記載を見ても、このような出発物質が具体的にどのようにして得られたかの記載はない。

イ さらに、上記(a)につき、引用された甲第14、第15号証を見ても、実施例の出発物質に相当する低分子量体の記載はないことが認められる。

この点につき、審決は、甲第14号証(審判甲第21号証)の図3及び甲第15号証(審判甲第22号証)の185頁(イントロダクション)を見れば分かる旨判断するが(審決書48頁6行ないし49頁11行)、甲第14、第15号証を見ても、ヘパリンの酵素による加水分解では、ヘパリンについての一般的な解重合と分画の知見が得られることが分かるにすぎず、本件第1ないし第3特許発明の出発物質の分子量は記載されていないし、また、硫酸基の量も示唆されていないことが認められる。

ウ 上記(b)についても、上記(b)記載のヘパリン抽出の母液中には、種々の不純物が含まれているものと認められるところ、本件第1ないし第3特許発明の出発物質に相当する物質を純粋に単離する方法は本件特許明細書に開示されていないし、当業者にとって自明のこととも認められない。なお、本件特許明細書の実施例に出発物質の基本的な分析特性を具体的に挙げていること(甲第2号証7欄43行ないし8欄5行、32行ないし38行)も、上記単離を可能とする記載とは認められない。

(3)  そうすると、出発物質が入手できないため、実施例を追試することができない本件特許明細書の記載は、特許法36条3項(平成2年法律第30号による改正前の昭和60年法律第41号による改正後の規定。以下同じ。)に違反し、この点の判断の誤りは審決の結論に影響するものと認められるものである。

(4)  被告は、上記(a)のヘパリンの酵素による解重合により得られるいろいろな分解物の低分子量化合物の中で、硫酸基を少量含む低分子量化合物が本件第1ないし第3特許発明の出発物質である旨主張する。しかし、仮に被告主張のとおりであるとしても、そのような低分子化合物の中から、本件第1ないし第3特許発明の出発物質に相当する物質を単離する方法は本件特許明細書に記載されていないし、当業者に自明のこととも認められず、本件特許明細書の実施例に出発物質の基本的な分析特性を具体的に挙げていることも上記単離を可能とするものとは認められないから、被告の上記主張によって、上記(a)に従って本件第1ないし第3特許発明の出発物質が得られたものと認めることはできない。

第2  結論

以上のとおり、審決の独立特許要件についての判断のうち、特許法36条3項及び4項違反についての判断の一部は誤りであって、審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、原告主張の取消事由のうち、取消事由3ア(ア)、(オ)、イ(ア)は理由がある。

よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由があるから、これを認容することとし、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成11年11月18日)

(裁判長裁判官 永井紀昭 裁判官 塩月秀平 裁判官 市川正巳)

理由

Ⅰ.手続の経緯

本件特許第1424780号発明は、昭和53年8月9日(パリ条約による優先権主張1977年8月9日、イタリア共和国)に特許出願され、昭和62年 7月24日に出願公告され、昭和63年2月15日に設定登録がなされたものである。

これに対して、請求人は、特許無効の審判を請求し、被請求人により、その答弁書提出の指定期間内である、平成9年6月10日に訂正請求がなされたものである。

Ⅱ.訂正の適否についての判断

1.訂正の内容

本件訂正請求は、誤記の訂正を目的として、

<1>特許請求の範囲の第1頃、第4項及び第8項及び明細書第12頁14~16行の

「一酢酸セルロースについての電気泳動[ピリジン/酢酸/水(1/10/229)、PH4.5およびトルイジンブルーを用いる現象]=陽極移動度U=2.1・10-4cm2v-1sec-1を有する単一帯」のPH4.5をpH3.5と訂正し、

<2>明細書第18頁第9行の「USP≧50」を「USP≦50」と訂正するものである。

2.訂正の適否

2-1.訂正事項<1>について

訂正前の明細書には、該pH値はすべてPH4.5と記載されているが、下記の理由で、これはPH3.5の誤記であって、かつ特許請求の範囲を実質的に変更するものではない。

ピリジン、酢酸、水の混合物において、この割合が1/10/229のものは、被請求人が提出した乙第7号証(Chromatographic and Electrophoretic Techniques, VOL. 2 Zone Electrophoresis,WILLIAM HEINEMANN MEDICALBOOKS LTD,1976年発行、p.51)に、ピリジン:酢酸:水(1:10:89)、pH3.5と記載されており、また、甲第17号証の実験報告書にピリジン/酢酸/水(1/10/229)は調整なしでpH3.5であること(1頁4)方法の項)が記載されていることから、ピリジンと酢酸と水の比が1:10:229のものはpH3.5といえる。

したがって、pH値の基礎となる混合物の組成がピリジン/酢酸/水(1/10/229)と明細書に記載されていて、pH値は混合物の組成によって決まるものである以上、この訂正は明らかな誤記といえる。そして、この訂正が実質上特許請求の範囲を変更するものではない。

なお、請求人は、明細書には、全て、「ピリジン/酢酸/水(1/10/229)、pH4.5」と記載されており、これはピリジン、酢酸、水の混合物を一定にして、pH4.5にペーハー調節すると理解されるので、pH4.5が誤記とはいえない、また、本件特許と対応する米国特許第4,757,057号明細書、英国特許第2002406号明細書及び西独特許第2833898号明細書の記載にも同じ記載があり、誤記であるとはいえないし、「pH4.5」を「pH3.5」と訂正することは実質上の変更である旨主張している。

しかし、明細書には混合物の組成が1/10/229であることが明確に記載され、この数値は訂正されていないものである。

また、該混合物のpHを4.5に調節するためには他の物質を添加しなければならないが、その結果混合物の組成は変動(事実、請求人の実験によれば、ピリジン:酢酸:水を1:1.2:229もしくは7:10:229でpH4.5となる。平成9年11月11日付け上申書、4頁15~17行)するから、pH調節を前提とすると、一定の組成を記載することとは矛盾することになる。また、これらの証拠の記載から、pH調節することが一般的であるとは認められないし、本件特許と対応する上記外国特許明細書にpH4.5と記載されているとしても、事実関係がすべて対応しているとはいえないから、上記外国特許明細書の記載をもって、pH値が誤記でないとはいえない。

したがって、該混合物について、pH調節するよりも、該組成を基礎として考える方が、当業者にとって妥当なものと認められるから、上記pH値の訂正は明らかな誤記の訂正と認められる。

そして、該混合物がpH4.5であるとすると、上述したように、混合物の組成が矛盾するものであるから、該混合物のpH値が異なると、電気泳動の陽極移動度が異なるものであっても、当業者は、混合物の組成が正しく、pH4.5が誤記であると理解し、上記混合物の組成に基づくpH3.5での正しい陽極移動度を本件特許に係るオリゴポリサッカライドの物性値として取り扱うものと認められる。

したがって、この訂正<1>は実質上特許請求の範囲の変更に当たるものではない。

よって、請求人の主張は採用できない。

2-2.訂正事項<2>について

訂正前の明細書には、訂正事項「USP≧50」に関して、

(ア)-抗凝結活性:17U/mg(USP)(17頁9行)

(イ)前述の方法で得られた生成物を検定して、その薬理学的性質とその活性を確認した。

……中略……

抗凝結活性

USP≧50U/mg

カオリンーセファリン凝結時間試験(KCCT):7~19

試験管内アンチトロンビン活性対抗凝結剤活性の比(Yin’s/KCCT):2.5

と記載されている。

(ア)の記載は、本件特許発明に係るオリゴヘテロポリサッカライドの実施例における物性値である。化学物質や医薬の用途発明は、実際に実験によって確認して初めて、その物質又は性質が明らかになるものであるから、実験結果を示す記載たとえば、実施例が発明の基礎となるものである。そうすると、実験結果としての物性値としてUSPが17U/mgと明示されているのであるから、この物性値が本件特許発明に包含されること、この値が50以下であることが明らかである。

してみると、訂正前の物性値の範囲を示す「USP≧50」は、明らかに実施例に記載されている物性値と矛盾するものであり、誤記であると認められる。

したがって、これを「USP≦50」と訂正することは明らかな誤記の訂正を目的としたものである。

なお、請求人は、この訂正について、本件特許に対応する文献又は外国特許明細書["CHEMISTRY AND BIOLOGY OF HEPARIN", ELSEVIER/NORTH-HOLLAND発行、535~546頁、米国特許第4747057号明細書、英国特許第2002406号明細書、西独国特許第2833898号明細書]に、USP値が「100IU/mg」又は「USP≧50」に相当する記載があるから、本件特許明細書の「USP≧50」が誤記に当たらず、むしろ実施例中のUSP値が誤記である旨主張している。

しかし、該文献又は外国特許明細書の「100IU/mg」又は「USP≧50」に相当する記載に係る事実関係と、本件特許に係る発明の事実関係とがすべて同じであるとはいえないから、この記載があることのみで、本件訂正事項が誤記でないとはいえない。また、本件訂正前の明細書中の実施例の記載が誤記であるともいえない。

したがって、請求人の主張は採用できない。

以上のとおりであるから、本件訂正は、明らかな誤記の訂正に該当し、実質上特許請求の範囲を拡張し、又は変更するものでもなく、また、願書に最初に添付された明細書に記載されていた範囲内のものである。

2-3.独立特許要件について

2-3(1)特許法第29条第1項第3号について

2-3(1)(a)訂正後の本件特許発明の要旨

訂正後の本件特許発明の要旨は、訂正された明細書の記載からみて、その特許請求の範囲第1項、第4項及び第8項に記載された次のとおりのものである。

1.次の物理化学的性質

-2600~5500ドルトンの平均分子量[ソモギー(somogy)法を用い商用ヘパリンと比較して決定]

-加水分解後のヘキソスアミン(p-ジメチルアミノベンズアルデヒドとの反応):28%±2%

-加水分解後のウロン酸(カルバゾールとの反応):31%±4%

-加水分解後の有機SO4--(ナフタルソンを用いる滴定):30%±4%

-ウロン酸/ヘキソスアミン/-SO4--のモル比=1/1/2

-水溶液の比旋光度[α〕20D=+40°~+50°

-酢酸セルロースについての電気泳動〔ピリジン/酢酸/水(1/10/229)、pH3.5およびトルイジンブルーを用いる現象]=陽極移動度U=2.1・10-4cm2v-1sec-1を有する単一帯

-象げ色の非晶質のやや吸湿性の粉末

-透明もしくはやや乳白光の水溶液

-5%水溶液のpH:7~8

-生成物の2%溶液1mlを1mlの0.0025%のトルイジンブルー溶液に加え、0.1mの1N塩酸で酸にするメタクロム確認反応によって青から赤味青の色を呈する、

を有する、活性基、とくには硫酸基、がヘパリンに特有の量及び位置で含有されてなるオリゴヘテロポリサッカライド。(以下、第1特許発明という。)

4.次の物理化学的性質

-2600~5500ドルトンの平均分子量[ソモギー(Somogy)法を用い商用ヘパリンと比較して決定]

-加水分解後のヘキソスアミン(p-ジメチルアミノベンズアルデヒドとの反応):28%±2%

-加水分解後のウロン酸(カルバゾールとの反応):31%±4%

-加水分解後の有機SO4--(ナフタルソンを用いる滴定):30%±4%

-ウロン酸/ヘキソスアミン/-SO4--のモル比=1/1/2

-水溶液の比旋光度[α]20D=+40°~+50°

-酢酸セルロースについての電気泳動[ピリジン/酢酸/水(1/10/229)、PH3.5およびトルイジンブルーを用いる現象]=陽極移動度U=2.1/10-4cm2v-1sec-1を有する単一帯

-象げ色の非晶質のやや吸湿性の粉末

-透明もしくはやや乳白光の水溶液

-5%水溶液のpH:7~8

-生成物の2%溶液1mlを1mlの0.0025%のトルイジンブルー溶液に加え、0.1mの1N塩酸で酸性にするメタクロム確認反応によって青から赤味青の色を呈する、

を有する、活性基、とくには硫酸基、がヘパリンに特有の量及び位置で含有されてなるオリゴヘテロポリサッカライドが分子量が2000~5000であるヘパリンオリゴマーおよび低分子量のヘパリンフラクションの中から選ばれた出発物質を窒素含有塩基のスルホトリオキシドの等重量でアルカリ性環境において処理し、反応生成物を水混和性溶媒で沈殿させ、そして精製することにより得られることを特徴とするオリゴヘテロポリサッカライドの製造法。(以下、第2特許発明という。)

8.活性成分として、

次の物理化学的性質

-2600~5500ドルトンの平均分子量[ソモギー(Somogy)法を用い商用ヘパリンと比較して決定]

-加水分解後のへキソスアミン(p-ジメチルアミノベンズアルデヒドとの反応):28%±2%

-加水分解後のウロン酸(カルバゾールとの反応):31%±4%

-加水分解後の有機SO4--(ナフタルソンを用いる滴定):30%±4%

-ウロン酸/ヘキソスアミン/-SO4--のモル比=1/1/2

-水溶液の比旋光度[α]20D=+40°~+50°

-酢酸セルロースについての電気泳動[ピリジン/酢酸/水(1/10/229)、pH3.5およびトルイジンブルーを用いる現象]=陽極移動度U=2.1・10-4cm2v-1sec-1を有する単一帯

-象げ色の非晶質のやや吸湿性の粉末

-透明もしくはやや乳白光の水溶液

-5%水溶液のpH:7~8

-生成物の2%溶液1mlを1mlの0.0025%のトルイジンブルー溶液に加え、0.1mの1N塩酸で酸性にするメタクロム確認反応によって青から赤味青の色を呈する、

を有する、活性基、とくには硫酸基、がヘパリンに特有の量及び位置で含有されてなるオリゴヘテロポリサッカライドを含有することを特徴とする血栓症予防剤。(以下、第3特許発明という。)

2-3(1)(b)刊行物の記載

甲第2号証(英国特許第674,607号明細書)には、ヘパリン製造の副生成物、すなわち、ヘパリンのトリー硫酸エステルの硫黄含量よりも低い硫黄含量を有する硫酸エステルを硫酸化することにより抗凝血剤を製造する旨(2頁38~51行)、該製法における出発物質としてヘパリン精製工程の母液から得られる画分[出発物質D](2頁52~72行)が示され、硫酸化について、硫酸化剤としてクロロスルホン酸を用いられること、硫酸又はα-ピコリンのような溶媒中で行うこと(2頁73~76行)粗ヘパリンからアルコール又はアセトンで沈殿させた全画分を硫酸化することによって得られる右旋性の生成物の旋光度は[α]D≦+40°である(2頁110~115行)旨、実施例4には、力価0.5~1I.U./mgの出発物質D1重量部を、10重量部のピリジン中の2重量部のクロロスルホン酸とともに、60℃で5時間かきまぜ、これに200部の水を加え、濃塩酸でpH3.5に調節し、硫酸化して、最終的に135I.U./mg、硫黄含量13.1%、比旋光度[α]20D=-3°の化合物を得た旨記載されている。

甲第4号証(米国特許第376617号明細書)には、分子量15,000をもつ非経口投与で活性な抗凝血性ヘパリンをコントロールした加水分解により、分子量5,300の経口投与で活性な抗凝血剤が得られること(1欄41~46行)、この発明の経口投与で活性な抗凝血剤は多糖類であること(第1欄47~48行)、実施例1には、1.2gのヘパリンをヘパリナーゼで低分子化して得た目的物の物性値として、

元素分析比がC:N:S:Na=10:1:2:3、

分子量が5300ダルトン

抗凝血活性が70IU/mg

メタロクロマチック試験が陽性

である旨が記載されている。

甲第13号証(Sigmund E.Lasker,Paul Milvy編"ANNALS of THE NEW YORK ACADEMY OF SCIENES"Vol.222,p.971~977、東京大学図書館昭和49年受入)には、表2に酵素ヘパリナーゼ処理ヘパリンの分析データがウシ肺ヘパリンについて次のように記載されている。

元素分析値:C(%)22.0、H(%)4.11、

S(%)11.0、N(%)2.13、

分子量(Mw) 4500、

Mw(原料)/Mw(加水分解)

還元基分析の場合 2.5

超遠心の場合 2.6

S/N 2.08

ウロン酸(%)(カルバゾール)40.8

[α]20D  +45.5

活性(units) 68

また、酵素分解ヘパリンと高分子量ヘパリンのスペクトルが相同であることから、酵素分解により分子量は11600のものから、6200から3260の分子量分布に減少するが、検出されうる構造上の変化は誘起されないことが示唆される(975頁7~10行)旨、記載されている。

2-3(1)(c)対比・判断

ア、訂正後の第1特許発明について

訂正後の第1特許発明と甲第2号証に記載のものとを対比すると、本件訂正後の特許明細書の記載に照らし、オリゴヘテロポリサッカライドとは、低分子量のヘパリンを意味するものと認められるから、その物理化学的性質において、比旋光度が、第1特許発明のものは+40°~+50°であるのに対して、甲第2号証に記載のものは+40°以下であると示されているので、40°である低分子量ヘパリンである点で一致している。しかし、甲第2号証のものは、ヘパリン製造の副生成物である粗ヘパリンから硫酸化して得たものであって、ヘパリン以外の不純物を含有することが推定されること、比旋光度以外の物性値が記載されていないことから、この記載からは生成物が第1特許発明において規定する低分子量ヘパリンであるとはいえない。このことは、上記の一般的記載の具体例である実施例4に記載されている生成物は比旋光度が-3°と記載されており、裏付けられているといえる。

また、訂正後の第1特許発明と甲第4号証に記載のものとを対比すると、両者の生成物が低分子量ヘパリンであることが明らかであり、それらの物性値において、ヘパリンがD-グルコサミン、D-グルクロン酸、L-イズロン酸からなる硫酸多糖と考えられており、Nがグルコサミンから由来し、Sが硫酸基から由来するものと認められること、ヘキソスアミンがグルコサミンの上位概念を表す用語であること、及び第1特許発明におけるヘキソスアミン/-SO4--はN/Sが1/2といえることからみると、S/Nが2/1、分子量、メタクロマチック試験(メタクロム確認反応)で陽性である低分子量ヘパリンである点で一致している。しかし、低分子量ヘパリンの他の物性値については、本件第1特許発明は特許請求の範囲に明示されているのに対し、甲第4号証には記載されてなく、上記の物性値のみでは、両者が同一物質であるとはいえない。

訂正後の第1特許発明と甲第13号証の表2に記載の酵素ヘパリナーゼ処理ウシ肺ヘパリンとを対比すると、両者は、物理化学的性質(物性)において、本件第1特許発明におけるオリゴヘテロポリサッカライドは低分子量ヘパリンであることが明らかであることから、両者は、分子量及び比旋光度が一致している低分子量ヘパリンである点で一致しているが、前者は<1>加水分解後のウロン酸(カルバゾールとの反応)、<2>加水分解後のヘキソスアミン、<3>加水分解後の有機SO4--の値、<4>ウロン酸/ヘキソスアミン/-SO4--のモル比がそれぞれ31%±4%、28%±2%、30%±4%、1/1/2であり、他に<5>電気泳動の陽極移動度、<6>粉末の性状、及び<7>水溶液の性状などが規定されているのに対して、後者はウロン酸(カルバゾール)の値が40.8%であり、S/Nが2.08であり、その他の物性値については記載されていない点で異なっているものである。

この点について、請求人は加水分解後のヘキソスアミン、加水分解後のウロン酸、加水分解後の有機SO4--の値について、訂正後の第1特許発明における低分子量ヘパリンと甲第13号証の表2に示されているウシ肺ヘパリンとは、甲第14号証(化学の領域増刊96号「ムコ多糖実験法[1]」南江堂、昭和47年発行、85~95頁、180~191頁)及び第15号証(日本生化学会編「生化学実験講座4、糖質の化学(上)第1版、1977年7月、東京化学同人発行150~151頁)の記載を考慮すれば、同一のものであると主張して、次のように主張する。すなわち、「加水分解後のウロン酸(カルバゾールとの反応)」を「低分子量ヘパリンを加水分解(処理)後にカルバゾールとの反応を行わせて定量したウロン酸」と解することを前提として、カルバゾール法によるウロン酸の測定は正確な値を期待できないじ、本件明細書にカルバゾール反応における前処理(加水分解)条件が記載されていないので、甲第13号証の追試ができないことから、甲第13号証の表2に示されたウシ肺ヘパリンのウロン酸の実測値でなく、S/N及び元素分析値より、窒素の原子量14、硫黄の原子量32、有機SO4--の分子量96、ヘキソスアミンの分子量179、ウロン酸の分子量194として加水分解後のヘキソスアミン、加水分解後のウロン酸、加水分解後の有機SO4--を求めると、その結果、それぞれ29.6%、32.1%、33.0%となるから、本件第1特許発明の数値と同一となり、甲第13号証に本件第1特許発明が記載されているといえると主張している。

そこで、以下に検討する。

<1>ウロン酸について

訂正後の第1特許発明のウロン酸の定量については、明細書中、特許請求の範囲には「加水分解後のウロン酸(カルバゾールとの反応):31%±4%」と記載され、他に定量方法についての記載はない。

一方、甲第14号証には、「多糖を酸で加水分解する場合、糖の種類によってグリコシド結合の加水分解の難易および糖の安定性が異なることが知られているが、中性糖に比ベアミノ糖およびウロン酸のグリコシド結合は分解されにくい、そのうえ遊離したウロン酸は酸性溶液中で脱炭酸されやすいので加水分解によってウロン酸を定量的に分離することは非常にむずかしい」(85頁)こと、「近年ムコ多糖の微細構造の研究が進むにつれてD-グルクロン酸と、L-イズロン酸の両方を含む…ヘパリンが見出されるにいたり、…比色定量は加水分解する必要なく直接反応させて定量できる」(94頁)ことが記載され、甲第15号証には、ウロン酸は、酸加水分解に対してウロニド結合は一般に強く、また遊離したウロン酸は酸に対して不安定なので、…、最もよく用いられるのは加水分解することなく、直接比色分析法によって同定と定量を行うこと、ムコ多糖中のウロン酸がグルクロン酸かイズロン酸かによって、カルバゾール法とオルシノールー塩酸法に対する呈色率が異なること(150~151頁)が記載されている。

上記甲第14~15号証の記載によれば、遊離したウロン酸は酸性溶液中で脱炭酸されやすいので加水分解によってウロン酸を定量的に分離することは非常にむずかしく、比色定量は加水分解する必要なく直接反応させて定量するものである。そして、これは本件特許の優先権主張日前にはよく知られていた事実といえる。

そうすると、ウロン酸の定量のためにカルバゾール法の前に加水分解処理を行うと、不正確な定量結果が得られることが知られていたのであるから、本件第1特許発明における「加水分解後のウロン酸」の量を、不確かな定量結果となる「低分子量ヘパリンを加水分解(処理)後にカルバゾールとの反応を行わせて定量したウロン酸」の量と解することは不自然である。そして、甲第14号証及び甲第15号証には、カルバゾール反応の反応機構が記載されておらず、カルバゾール反応中に加水分解が生じてないとはいえない。

また、本件優先権主張日前の技術水準では、へパリンのようなムコ多糖類は、その化学構造などが完全に判明しているものではないから、ヘキソスアミン、ウロン酸、有機SO4--等の含有量、比旋光度、電気泳動における陽極移動度など多種の物理化学的性質を実測して、被測定物を特定するものである。そして、甲第14号証及び甲第15号証の記載によれば、カルバゾール法は多糖類におけるウロン酸の定量方法として確立されているものである。

以上のことから、訂正後の第1特許発明のウロン酸の定量法は、甲第14号証及び甲第15号証の記載から、カルバゾール法による定量が適切でない、また、低分子量ヘパリンを加水分解処理後にカルバゾール法を適用してウロン酸を定量したとはいえない。

したがって、訂正後の第1特許発明の「加水分解後のウロン酸」の量は、「加水分解(処理)後のウロン酸」ではなく、「(カルバゾール反応の結果)加水分解後のウロン酸」であるといえるので、通常のカルバゾール法で定量した値が31%±4%であり、甲第13号証の実測値40.8%とは明らかに異なるものである。

以上のとおりであるから、他の物性を検討するまでもなく、第1特許発明は甲第13号証に記載されたものであるとはいえない。

なお、請求人の主張する甲第13号証における酵素処理ウシ肺ヘパリンのウロン酸の量32.1%は、実測値として記載されている40.8%でなく、他の実測値であるS/N及び元素分析値に基づいて、ウロン酸の量を計算によって求めて推測するものであるが、これをもって、甲第13号証に記載の低分子量ヘパリンの実測値が誤りであるとはいえるものではない。

さらに、請求人は、次の理由によって、訂正後の第1特許発明における低分子量ヘパリンと甲第13号証の表2に示されたウシ肺ヘパリンとは同一物質である旨主張している。

<1>平均分子量についてはソモギ法が特許出願時においてヘパリン等の分子量の測定法としてあまり用いられていないものであるから、超遠心法による値が正確であると考えるべきである。

<2>他の物性である「象げ色の非晶質のやや吸湿性の粉末」、「透明もしくは乳白光の水溶液」、「生成物の2%溶液1mlを1mlの0.0025%のトルイジンブルー溶液に加え、0.1mlの1N塩酸で酸性にするメタクロム確認反応によって青がら赤味青の色を呈する」は、ヘパリン及び低分子ヘパリンに共通の性質である。

<3>陽極移動度Uについては、測定条件(たとえば、温度、電流、電圧効果度、泳動時間)が記載されておらず、追試できない。

しかし、以下の理由で、請求人の主張は採用できない。

<1>について

請求人は、平均分子量の測定方法について、不服を述べているだけで、第1特許発明と甲第13号証の分子量の同一性に言及していないので、請求人の主張は採用できない。

なお、ソモギ法は乙第4号証(Method in Carbohydate Chemistry Vol.1, Analysis and Preparation of Sugars and Carbohydrates p.380-386)、乙第5号証(分析化学辞典、共立出版、1971年発行、1081-1082頁、「ソモギー法」の項)及び乙第6号証(Journal of Research of the National Bureau of Standards 50,No.2,81-86(1953)H.S.Isbell et.al.:Determination of Molecular weights of Dextrans by Means of Alkaline copper Reagent)には、それぞれ、ソモギ法が、Somogyiらによって、開発されたアルカリ性銅法であり、オリゴサッカライド及びポリサッカライドの相対分子量を測定するのに用いられること、還元糖定量の代表的の方法であること、アルカリ銅試薬によってデキストラン類の数平均分子量を測定に適しているものである旨が記載されており、請求人の主張するような事実はない。

<2>について

これらの物性はヘパリン類においてよく知られているものであり、請求人、及び被請求人において争いがないことから、訂正後の第1特許発明と甲第13号証に記載のものにおけるこれらの物性は一致しているものと認められるが、これらの物性のみが一致していることによって、両者の低分子量ヘパリンが同一であるといえないことは明らかであるから、請求人の主張は採用できない。

<3>について

陽極移動度Uについて、追試できないと、請求人は主張しているが、これは、同一であるか否かに関する主張ではないので、採用できない。

したがって、訂正後の第1特許発明は、甲第2号証、甲第4号証、又は甲第13号証に記載されたものとはいえない。

イ、訂正後の第2特許発明について

訂正後の第2特許発明と甲第2号証に記載の発明を対比する。

第2特許発明は、本件の訂正後の明細書をみると、出発物質である低分子量のヘパリン部分は

(a)化学的方法または酵素的方法によるヘパリンの解重合。

(b)治療上の使用のためのヘパリン抽出の母液中。(9頁11~17行)

に見出されるものであり、分子量が2000~5000であるものであるが、甲第2号証には、出発物質として「ヘパリン精製工程の母液から得られる画分D」と記載されているだけで、母液中の成分が明確でなく、たとえヘパリンであるとしても、その分子量は記載されていないので、この記載からは両者の原料が同一であるとはいえない。

さらに、処理条件について、第2特許発明は、出発物質を窒素含有有機塩基のスルホトリオキシドの等重量でアルカリ性環境において処理するものであるのに対して、甲第2号証に記載のものは、硫酸化剤としてクロロスルホン酸を用いることが記載され、その実施例4では10重量部のピリジン中、2重量部のクロロスルホン酸とともに、出発物質1重量部を処理しているものであるから、甲第2号証に記載のものは、「窒素含有有機塩基のスルホトリオキシドの等重量」で処理しているとはいえない。

なお、請求人が甲第3号証(Proceedings of the Society for Experimental Biology and Medicine,Vol.109,No.4,901-905,1962年発行、国立国会図書館1962年受入)に「再硫酸化:放射性のピリジン・S35O3及びトリメチルアミン・S35O3コンプレックスをCIS35O3Hとアミンから、公知の方法で調整した。等重量の、N-脱硫酸化ヘパリン、Na2CO3及びトリメチルアミン・S35O3を、ヘパリンの最終濃度が50mg/mlとなるように水を加えた。……。」と記載されていることから、CIS35O3Hとピリジンからスルホトリオキシドが生成するので再硫酸化方法が同じである旨主張しているが、たとえ、第2特許発明において、ピリジンとクロロスルホン酸とで窒素含有有機塩基のスルホトリオキシドであるピリジンスルホトリオキシドが生成していたとしても、出発物質1重量部に対して、等重量のピリジンスルホトリオキシドを用いていないことは明らかであるから、処理条件においても同じとはいえない。

甲第4号証及び甲第13号証に記載の方法は、ヘパリンを酵素ヘパリナーゼで処理し、窒素含有有機塩基を用いる方法ではないから、第2特許発明とは明らかに処理手段を異にしている。

したがって、訂正後の第2特許発明は、甲第2号証、甲第4号証又は甲第13号証に記載された出発物質、処理手段、又は生成物質とは同一であるとはいえないものであるから、低分子量ヘパリンの製造法として同一であるとはいえない。

ウ、訂正後の第3特許発明について

ア、で述べたように、甲第2号証、甲第4号証及び甲第13号証に記載されている低分子量ヘパリンは訂正後の第1特許発明の物質と同一であるとはいえないものであるから、訂正後の第3特許発明は第1特許発明における物質の用途発明に係るものである以上、上記各甲号証に記載されたものであるとはいえない。

2-3(2)特許法第29条第2項について

2-3(2)(a)訂正後の本件特許発明の要旨

訂正後の本件特許発明の要旨は、訂正された明細書の記載からみて、上記の特許請求の範囲第1項、第4項及び第8項に記載されたとおりのものと認められる。

2-3(2)(b)刊行物の記載

甲第2~4号証には、上記に摘示した事項が記載されている。

甲第5号証(ARCHIVES OF BIOCHEMISTRY AND BIOPHYSICS,122,p.32~39,1967年発行)には、第1表及び第2表(34、35頁)に、ヘパリンの加水分解時間に伴う及び脱硫酸化に伴うヘパリンの抗凝血活性の変化がヘパリンの加水分解時間が0、1.5、3.0、4.5、24、72時間となるに伴い、分子量、抗凝血活性、S含有量の計算値、及び実測値の変化が次のように示されている。

<省略>

また、「市販の仔ウシヘパリンの段階的な自動加水分解は、種々の抗凝血活性を有する試料を提供した。…不活性化に伴う分子量の減少は、脱硫酸化によるものであって、解重合によるものではな’い。加水分解は、O-脱硫酸化及びN-脱硫酸化の両方を引き起こすが、後者の方が前者に比べその程度が大きい。データは、硫酸化の程度ならびに分子サイズ及び/又は形状がヘパリンに生物学的活性を授与していることを示している。」(32頁、要約の項)と記載されている。

甲第6号証(BIOPOLYMERS,VOL.14,p.1473~1486,1975年発行)には、「15の異なった市販のヘパリンが電気泳動にかけられ、21の画分が示された。これらの画分は、3,000~37,500の、一定間隔を有する分子量範囲を示した。それぞれの画分をFlanobacterium heparinumで分解すると、同一の最終生成物を与えた。このことは、化学的に同一であることを示している。分子量7,000以上の画分だけが、大きな抗凝血活性を示した。」(1473頁、要約の項)と記載され、第1表には、市販の5種類のヘパリンと両性電解質との混合物をポリアクリルアミドゲルでの電気泳動によって得られたヘパリンの21の画分の分子量、硫酸基/ヘキソスアミン比及び抗凝血力価が記載され、ヘパリンの抗凝血力価を1とすると、分子量が25,000~7,300の場合、該力価及び硫酸基/ヘキソスアミン比はそれぞれ、2.26~3.01、及び1以上であり、分子量が6,000~3,200では該力価は0.4以下であり、硫酸基/ヘキソスアミン比は記載されていないこと(1478頁)が示されている。

甲第7号証(THROMBOSIS RESEARCH,Vol.9,p.575~583,1976年発行)には、「抗トロンビンーセファロース上のアフィニティクロマトグラフィーによって精製されたヘパリンについて、種々の方法によって、研究が行われた、得られた物質の比活性は、全血しょう凝固法によれば170-230単位/mg、F・Xa抑制法によれば360-780単位/mgであった。これらの物質のゲル濾過によると、比活性が明確に分子量が依存すること、活性の様相が、測定法によって大きく異なることが判った。これらの特徴は、市販ヘパリンのゲル濾過による画分についても、同様に観察された(一般に低活性のところで)。へパリンの抗凝血作用の機構に関する考えられる結論について検討する。」(575頁の要約)、「先ず第一に、マトリックスに結合された抗トロンビン上に吸着されたヘパリンは抗-Xaについて、APTT(抗凝血活性)についてよりも、はるかに高い活性を示す。このことは、予想されたことである。第2に、分子量に従って分離されたヘパリン画分は、分子量スケールの両端において、常に、大きな相違を示す。低分子量のものは抗-XaがAPTTに比べ12倍も大きくなるが、一方、高分子量のものでは、これは逆転する(すなわちAPTT値は抗-Xa値の3倍となる)。」(581頁19~27行)と記載され、図2に実線で表されている抗Xa分析結果は、分子量5,000の商用ヘパリン分画分では、80~90units/mgと低い値を示し、分子量6,000で最高の値でそれから28,000程度まで、分子量サイズが増大するにつれ、該値が逓減していることを示している。

甲第8号証(Biochemical Pharmacolgy,Vol.20,p.637~648,1971年発行)には、「N-脱硫酸化ヘパリンの遊離アミノ基の[35S]硫酸化は、次の方法で行われた。N-脱硫酸化ヘパリン(1.3g)を水(25ml)に溶かし、その溶液を2NNaOHでpH9.5に調整した。溶液を55℃に温めてから、トリメチルアミン・[35S]スルホトリオキシド(1.3g)及び炭酸ナトリウム(NaCO3)(1.3g)を、激しく撹拌しながら加えた。次に、このアルカリ性溶液を24時間、55℃に保った。」と記載されている。

2-3(2)(c)対比・判断

ア、訂正後の第1特許発明について

本件訂正後の第1特許発明と甲第4号証に記載されたものとを対比すると、両者は経口投与可能な抗凝血活性を有する低分子化されたヘパリンである点で一致しているが、2-3(1)(c)に述べたとおり、物理化学的性質が同一といえないものであるから、化学物質として相違するものである。

そして、第1特許発明は、明細書記載のとおり、従来の経口抗凝血剤が蓄積作用を生じ、Xa因子に作用しないので、アンチトロンビン活性に劣り、また、従来のヘパリンは非経口的にのみ活性であり、アンチトロンビン効果と抗凝血作用をもつために血栓の予防の外に出血の危険があるという欠点を有するもの(7頁17行~9頁8行)であったが、この欠点を解消するものである。すなわち、経口投与によっても活性であり、容易に皮膚によって吸収され、好適なアンチトロンビン活性対抗凝血活性の比(10頁下1行~11頁6行)、たとえば、Yin’s/KCCT:2.5(18頁12~13行)をもつものである。

これに対して、甲第4号証に記載のものは、化学物質として同一とはいえないものであり、抗凝血作用は記載されているが、アンチトロンビン活性と抗凝血活性の比については記載されていない。甲第5号証には、分子量サイズが12700~10700と小さくなると、抗凝血活性が低下すること、及びS含有量が少なくなることが示されているが、分子量11100以下で抗凝血作用が喪失していることが示されていることからみると、当業者がより小さい分子量2600~5500ドルトンでは抗凝血活性を有することを予想できるものではなく、まして、アンチトロンビン活性と抗凝血活性の好適な比を有することも予想できない。

甲第6号証には、分子量7,000以上の画分が大きな抗凝血活性を示し、分子量6,000以下のものでは抗凝血活性が0.4以下であることが示されるにとどまり、好適なアンチトロンビン活性対抗凝血活性の比については何ら記載されていない。

甲第7号証には、分子量に従って分離されたヘパリン画分は、低分子量のものは抗-XaがAPTTに比べ12倍も大きくなるが、一方、高分子量のものでは、これは逆転すること、及び、図2に実線で表されている抗Xa分析結果は、分子量5,000の商用ヘパリン分画分では、80~90units/mgと低い値を示し、分子量6,000で最高の値でそれから28,000程度まで、分子量サイズが増大するにつれ、該値が逓減していることを示し、アンチトロンビン活性対抗凝血活性の比、すなわち抗-Xa/APTTが記載されているが、グラフ上その値が記載されているだけで、該比の血栓症の予防に対する意義については記載されていない。

第1特許発明は、明細書記載のとおり、従来の経口抗凝血剤が蓄積作用を生じ、Xa因子に作用しないので、アンチトロンビン活性に劣り、また、従来のヘパリンは非経口的にのみ活性であり、アンチトロンビン効果と抗凝血作用をもっために血栓の予防の外に出血の危険があるという欠点を有するもの(7頁17行~9頁8行)であったが、この欠点を解消するものである。すなわち、経口投与によっても活性であり、容易に皮膚によって吸収され、好適なアンチトロンビン活性対抗凝血活性の比(10頁下1行~11頁6行)、たとえば、Yin's/KCCT:2.5(18頁12~13行)をもつものである。

以上のとおり、甲第5~7号証には、アンチトロンビン活性対抗凝血活性の比、又は該比の血栓症の予防に対するの意義について記載されていないので、第1特許発明の効果を、当業者は予測できないものである。

したがって、訂正後の第1特許発明は、甲第4~7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

イ、訂正後の第2特許発明について

訂正後の第2特許発明と甲第4号証に記載されたものとを比較すると、両者は、ヘパリンを出発物質とし、低分子量ヘパリンを製造する方法であることは一致し、出発物質として、前者は、分子量が2,000~5,000ダルトンのヘパリンであるのに対して、後者は分子量15,000ダルトンのヘパリンであり、反応については、前者は窒素含有有機塩基のスルホトリオキシドでアルカリ性環境下で硫酸基を導入するものであるのに対して、後者はヘパリナーゼによる加水分解するものであり、目的とする低分子量ヘパリンは上記2-3(1)(c)で述べたように両者が同一であるとはいえないものである点で相違ずる。

そこで、これらの相違点を検討する。

甲第4号証に記載のものは、高分子量のヘパリンを加水分解して、低分子化するものであるから、甲第3号証及び甲第8号証にヘパリンの硫酸化方法が記載されていても、高分子量のヘパリンを硫酸化することに適用することが示唆されているにとどまり、低分子量のヘパリンを硫酸化することまでは示唆されているとは認められない。また、目的とする低分子量ヘパリンの上記の特定の物性及び効果についても、上記のように予測できるものではない。

したがって、訂正後の第2特許発明は、甲第4~8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることがきたものとはいえない。

ウ、訂正後の第3特許発明について

訂正後の第3特許発明は、訂正後の第1特許発明の医薬用途発明であるから、甲第4号証に記載のものとを比較すると、両者は低分子量ヘパリンを有効成分とする医薬発明である点で一致し、上記2-3(1)(c)で述べたように、両者は同一物質であるとはいえないものである点、及び、前者の医薬用途が血栓症予防剤であるのに対して、後者は抗凝血作用についてのみ記載されている点で相違する。

そこで、この相違点を検討すると、血栓症予防剤は、特許明細書記載のとおり、従来の経口抗凝血剤又は、従来非経口的にのみ活性であったヘパリンの欠点(7頁17行~9頁8行)を解消するものであり、抗凝血作用だけでなく、好適なアンチトロンビン活性対抗凝血活性の比(10頁下1行~11頁6行)、たとえば、Yin's/KCCT:2.5(18頁12~13行)をもつものである。

これに対して、上記2-3(2)(c)に記載したように、甲第4号証、甲第5号証、及び甲第6号証には、好適なアンチトロンビン活性対抗凝血活性の比については何ら記載されていない。甲第7号証には、アンチトロンビン活性対抗凝血活性の比、すなわち抗-Xa/APTTが記載されているが、グラフ上その値が記載されているだけで、該比の血栓症の予防に対する意義については記載されていない。

以上のとおり、甲第5~7号証には、アンチトロンビン活性対抗凝血活性の比、又は該比の血栓症の予防に対する意義について記載されていないので、上記特定の物性をもつ低分子量ヘパリンの血栓症予防剤という用途は、当業者が予測できるものではない。

したがって、訂正後の第3特許発明は、甲第4~7号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。

2-3(3)特許法第26条第3項及び第4項について

2-3(3)(a)請求人の主張

請求人は、甲第9号証(化学大辞典、第8巻、共立出版株式会社、昭和39年発行、352~353頁)、甲第10号証(特願昭59-44787号に対する昭和62年7月28日付け拒絶理由通知書に対して提出された昭和63年2月25日付け意見書)、甲第12号証(特願昭59-44787号に対する昭和62年7月18日付け拒絶理由通知書)、甲第12号証(Inorganid Syntheses,Vol.Ⅱ,173-175(1946))、甲第16号証(特願昭53-96277号に対する昭和61年5月30日付け拒絶理由通知書)、甲第17号証(千葉大学園芸学部、政田正弘及び雨宮悠による平成8年5月20日付け実験報告書)、甲第18号証(物質特許、制度及び多項性に関する運用基準、特許庁、弁理士会、昭和50年10月発行、特-18~21頁)、甲第19号証(米国特許第4,757,057号明細書)、甲第20号証(西独国特許第2,,833,898号明細書)甲第21号証(A.Horner,"HEPARIN",Kakkar,Thomas,1976)甲第22号証(Perhin and cow.,Carb.Res.,18,185(1971))を提出し、以下の理由で特許法第36条第4項又は第5項に規定する要件を満たしていない旨主張している。

<1>特許請求の範囲第1項、第4項、及び第8項に記載されている「…活性基、とくに硫酸基、がヘパリンに特有の量及び位置で含有されてなるオリゴヘテロサッカライド」なる文言が不明瞭であり、特許請求の範囲第1項、第4項、及び第8項に記載されている「活性基、とくに硫酸基、がヘパリンに特有の量及び位置で含有されてなる」と「ウロン酸/ヘキソスアミン/SO4--のモル比(1/1/2)」の間に矛盾がある。

<2>本件特許明細書の実施例1及び2に記載された出発物質の入手方法が記載されていない。

<3>物性の測定方法が記載されていない。

<4>薬理データの記載が不十分である。

2-3(3)(b)判断

ア、<1>について

甲第9号証にはヘパリンの構造として、「ヘパリン中D-グルコサミンとD-グルクロン酸の含量比は1:1、遊離のヘパリンはカルボキシル基1に対し硫酸基2.5~3個を有する。硫酸基含量は単糖残基4個につき5モル、窒素とイオウの含量比は2:5、…すなわち、D-グルコサミン残基とD-グルクロン酸残基とが交互に1、4結合および1、3結合した骨格を有する。」と記載されているが、これは甲第9号証の発行当時である昭和39年の技術水準の記載であって、本件出願前には、甲第13号証の表2の酵素処理前のブタ腸ヘパリン、ウシ肺ヘパリンのS/Nが2.14,2.44と記載されていること、甲第5号証に「硫酸化の程度ならびに分子サイズ及び/又は形状がヘパリンに生物学的活性を授与していることを示している。」(32頁の要約部分)、及び、甲第3号証に「N-脱硫酸化及び再硫酸化によりヘパリン分子に大きな変化は生じなかった。」(903頁右欄)、「ここに記載された再硫酸化されたヘパリンは本質的に天然ヘパリンと同一であり、化学的操作は分子を変化させなかった」(904頁)と記載されていることから、該S/Nが、ほぼ2/1であるヘパリンが存在すること、生物活性に硫酸基が関与している、ヘパリンにおける硫酸基の位置が知られていたのであるから、特許請求の範囲の上記記載が不明瞭であるとも、矛盾するともいえない。

また、請求人は化学的な硫酸化剤によるヘパリンの再構成は、解重合したヘパリン誘導体の活性部位「無数ともいえるほど多数存在する。…」にランダムにところかまわず反応し、ヘパリン本来の位置に硫酸基が導入されるとは考えられない旨主張しているが、上記の甲第3号証の記載からみて、ヘパリンを0.4気圧、5分間のオートクレーブ処理で得た低分子量ヘパリンの再硫酸化で得た低分子量ヘパリンを製造した甲第10号証の追試実験の1例のみでは、出発物質を硫酸化すると、ヘパリンの本来の位置に硫酸基が導入されないとはいえない。そして、請求人は本件訂正後の実施例1及び2のN-硫酸とO-硫酸の値を計算して、O-硫酸化が生じている旨主張しているが、これは出発物質の全量が硫酸化したこと、換言すれば、出発物質より生成物の重量が増加することを前提にして値を求めたものであるのに、実際には、実施例1、2では、それぞれ出発物質が500g、250gから、生成物は365g、165gと重量は減少して得ている。

したがって、上記前提が誤っていることは明らかであるから、請求人の主張は採用できない。

イ、<2>について

本件訂正後の特許明細書には、出発物質である低分子量のヘパリン部分は、

「(a)化学的方法または酵素的方法によるヘパリンの解重合。(参照、A.Horner,"HEPARIN"、Kakkar,Thonas,1976、おとびPerhin and cow.、Carb,Res.,18,185(1971))。

(b)治療上の使用のためのヘパリン抽出の母液中。(9頁11~17行)

に見出されるもの」と記載されており、上記参照文献である甲第21号証には、酵素によるラットの皮膚ヘパリンを解重合したもののゲル濾過による分画結果が図3(42~43頁)に示されており、また、同じく参照文献である甲第22号証には、ヘパリンがFlavobacterlum heparinumでモノー、ジ一、及びオリゴーサッカライドの混合物に分解される(185頁、INTRODUCTION)ことが記載されているから、ヘパリンが上記の処理によって解重合されること及びその生成物をゲル濾過による分画ができることが、当業者には理解できるものである。

してみると、ヘパリンを解重合した生成物をゲル濾過による分画で所望の分子量のものに分離して、出発物質を得ることは、上記参照文献の記載で当業者は容易に実施できるものである。

したがって、本件の実施例1及び2の出発物質の入手方法が記載されていないとはいえない。

ウ、<3>について

ウロン酸及びヘキソスアミン及び有機SO4--の測定方法は、甲第14号証及び甲第15号証に記載されているように、当該技術分野で、一般に用いられている方法であり、本件の測定方法が一般的な方法の変法であるとは、明細書の記載からは認められないから、測定方法の記載が不十分であるとはいえない。

また、請求人は、甲第17号証を提出して、低分子量ヘパリン試料(パルナパリンナトリウム)について、セルロースアセテート膜電気泳動を行い、パルナパリンナトリウムの陽極移動度は泳動時間に依存して減少し、pH3.5では1.32~2.57×10-4cm2V-1sec-1の単一帯となる結果を示して、泳動条件(たとえば、泳動時間)が記載されていないので、明細書の記載不備である旨主張している。

しかし、甲第13号証におけるヘパリンの電気泳動の分析結果は、泳動条件として、「電気泳動度はpH2のギ酸-酢酸系を用いた高電圧電気泳動をろ紙上で行った。」(表1の下の注釈)と記載され、これは本件訂正後の特許明細書に記載されている泳動条件と同程度であって、請求人の主張するような条件の記載はないことから、当業者であれば、本件明細書に記載されている[ピリジン/酢酸/水(1/10/229)、pH3.5およびトルイジンブルーを用いる現象]という泳動条件で容易に追試できるものと認められる。

エ、<4>について

訂正後の特許明細書には、医薬効果について、実施例2にそれぞれ、生成物の活性として、抗凝血活性が17U/mg(USP)と記載されており、その他に生成物について毒性試験結果、清澄活性試験、in vitro試験として抗凝血剤活性USP≦50U/mg、カオリンーセファリン凝血時間試験(KCCT):7~19、試験管内アンチトロンビン活性対抗凝血剤活性の比(Yin'/KCCT):2.5と記載され、さらに、生体内(犬)アンチトロンビン活性及び抗凝血活性、及び生体内(うさぎ)アンチトロンビン活性について、生成物を静脈内又は経口的に特定の投与量(251U/kg、300~150U/kg、又は20AntiXaU/kg)を投与して、トロンビン時間とKCCTを延長し、トロンボプラスチン又はトロンビン誘発血栓症に対して保護すること(17頁12行~19頁7行)が記載されているのであるから、生成物である低分子量ヘパリンの生体内アンチトロンビン活性について、具体的試験結果が記載されているというべきである。

したがって、薬理データが訂正後の明細書に記載されているから、明細書の記載に不備はない。

2-3(4)むすび

以上のとおりであるから、訂正後の第1特許発明、第2特許発明及び第3特許発明は独立して特許を受けることができるものである。

2-4 むすび

したがって、本件訂正は、特許法第134条第2項に規定する事項を目的とするものであり、特許法第134条第5項において準用する第126条第2~4項に規定する要件に適合するので、本件訂正を認める。

Ⅲ.特許無効の請求の理由についての判断

1.請求人の主張の概要

請求人は証拠として甲第2号証~甲第22号証を提出し、

<1>本件第1特許発明、第2特許発明及び第3特許発明は、甲第2号証、甲第4号証、又は甲第13号証に記載された発明であるので、特許法第29条第1項第3号の規定に違反して特許されたものである。

<2>本件第1特許発明及び第2特許発明は、甲第4号証、甲第5号証、甲第6号証及び甲第7号証に記載された発明に基づいて、第3特許発明は,甲第4号証、甲第5号証、甲第6号証、甲第7号証及び甲第8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることであるから、特許法第29条第2項に規定に違反してされたものである。

<3>本件特許は、明細書の記載が不備であるので、特許法第36条第4項及び第5項の規定に違反してされたものである。

2.判断

2-1.本件特許発明の要旨

本件第1~3特許発明の要旨は、訂正請求書に添付された明細書の記載からみて、訂正後の特許請求の範囲に記載されたとおりのものと認める。

2-2.請求人の主張についての判断

本件第1~3特許発明は、前記訂正後の発明と同じであることから、請求人の主張<1>については、前記Ⅱ.2-3(1)に記載したとおりのものであり、請求人の主張<2>については、前記Ⅱ.2-3(2)に記載したとおりのものであり、請求人の主張<3>については、前記Ⅱ.2-3(3)に記載したとおりのものである。

したがって、本件第1~3特許発明は、甲第2号証、甲第4号証、又は、甲第13号証に記載された発明であるとも、甲第4~8号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとすることはできないし、明細書の記載が不備であるともいえない。

Ⅵ.むすび

以上のとおりであるから、請求人の主張する理由及び提示する証拠方法によっては、本件発明の特許を無効とすることができない。

よって、結論のとおり審決する。

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